2012年12月31日月曜日

死ぬ前の問い


■2012/12/31
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■詩篇 150:1-6

★メッセージ
天国に対する確信のないものはすべて虚しい。
神は本当にいるのか?天国は本当にあるのか?という質問は、あるノンクリスチャンが死ぬ直前に聖職者たちに対して出した質問でした。

用いて下さったことに感謝しましょう。
使徒パウロは世の中の有益なものを排泄物かのようにみなしました。
人間に与えられた喜びの一つはいらないものを排泄することです。心の中のいらないものを取り去るときにもすっきりします。
イエス様を味わっていないから別のものに執着してしまいます。

私たちは個性を持ってあらゆる楽器で賛美するが、オーケストラのようにハーモニーで一つになって賛美できるのは、イエス様が指揮者であるからです。

他人を目立たせるために犠牲する必要があります。
ビジョンが2つ以上あるちdivisionになって分離してしまいます。
主は礼拝する者、賛美する者を探しておられます。

★ハットポイント
人はどんなに自分勝手に行き、富と名誉に囲まれたとしても、死ぬ直前になったら心配になり、神は本当にいるのか、天国は本当にあるのか、問いかけるものでしょうか。
この世に生活する者は誰も、神の姿や天国を見たことはありませんが、天国への確信があれば死は怖いものでなく、むしと主と出会える喜びのものになります。
死ぬ直前にその問いをするが答えがわからず苦しんで死ぬような者ではなく、事前によく学び自信と安心をもって死に臨むものでありたいです。

2012年12月29日土曜日


■2012/12/29
■ヨハン教会 土曜礼拝
■マタイ 6:5-6

★メッセージ
人は神を中心に置かずにして何かを考えることができません。
無神論者も神のことを語っています。どんな民族も神を持ち祈りたい心を持っています。

フォイヤーバッハは、弱い人間が自分にとって必要だから神を作り出している、人間が神を必要だから神は存在しないと矛盾を言いました。
本当に必要であれば存在しなければなりません。

仕事は何も救ってくれません。怖くても祈らなければなりません。
もし明日、終末だったら日本人はおそらく仕事に行くかもしれません。

訓練の特別コースでは祈りの訓練というものがあります。思い出せる限り古い記憶をさかのぼり悔い改めるべきことを悔い改めます。3時間くらい行い、休憩を置いて、それを何度か繰り返します。実際にどんなことを思い出し悔い改めて祈ったかの確認も受けます。

★ハットポイント
日常の祈りは時間がなくて5分~30分程度の祈りで、たくさんのことを思い巡らしながら超スピードで祈ることが多く、ゆっくり時間をかけて過去のことまで思い出しながら祈ることが少ないです。
祈りは機械的に効率的にするものでもなく、主なる神様とゆっくり深い交わりをするものですから、時にはそのような時間を持ちたいものです。

2012年12月28日金曜日

主に文句を言うのは主を知らないから


■2012/12/28
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■詩篇 148:1-20

★メッセージ
詩篇のこの箇所はエズラ記とネヘミヤ記を背景にしています。

主に文句を言うのは主をよく知らないからです。
私の名前を主は知っておられます。
ザアカイに初めて会ったイエス様はザアカイの名前を知っていました。
キリストが働くように自分の弱さを誇りましょう。

★ハットポイント
自分の心が満たされず主に文句を言っているとき、実は主が私をいつも愛しておられることを忘れて言っているのですね。私の名をいつも覚え祈っておられる主を感じていれば、自然と文句は消え喜びと感謝で満たされるでしょう。


2012年12月23日日曜日

神様に栄光、聖徒たちには平和


■2012/12/23
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■タイトル:神様に栄光、聖徒たちには平和
■ルカ 2:8-14

★メッセージ
旧約はイエス・キリスト誕生の予言、456回の予言がなされています。
そのうち8つ当たる確率は、カリフォルニア州に敷き詰めたコインに石を投げてある特定の石に偶然に当たる確率と同じと言われています。しかし、この予言はすべて実現されました。

キリストによって罪が購われた恵み、普通の恵みではありません。
ゲヘナ(永遠に苦しむところ)に行くべき者が救いを受けました。
キリストを信じている人には平和(シャローム)があります。


2012年12月16日日曜日

東方博士の信仰


2012/12/16
■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
■タイトル: 東方博士の決断を学ぼう
■マタイ 2:1-12

★メッセージ
東方博士は星を追って旅をしてきましたが、エルサレムの上空で消えてしまいました。そこであきらめて帰ることもできたのですが、そうせず、エルサレムの家々を周って星を見たかどうかを聞きました。

信じてすぐのときは主の恵みがありますが、3年くらい経過すると感じられなくなることがあります。それは主による試練の期間です。

現在の利益のゆえに決断したくないのは祭司長たちと同じ。

新約聖書で喜びの表現は2:10以上のものはありません。キリストと出会った人はみなこの状態でなければなりません。

現代はベンチャーの世界 やらないものはどんどん埋没するか、またはやるものはどんどん進んでいいきます。


2012年12月13日木曜日

ラストインプレッションを大切に


■2012/12/13
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■ヨハネの黙示録 14:14-24

★モーニングチャペル
世の中ではファーストインプレッションが重要ですが、主との関係では、ファーストインプレッションよりもラストインプレッションを大切にしましょう。最初だけ人の目に映る姿が良いものは多いです。

ソロモンも最初は信仰深く主から「生涯にわたってあなたと肩を並べうる王は一人もいない。
」とさえ言われ祝福されましたが、晩年には1000人の妻を持ち、異邦人の妻を通して邪教の神に礼拝を捧げ大きな罪を犯しました。

一方で、初めは世の道を歩みながら最後には信仰を持った者もいます。たとえばC・S・ルイスです。リバイバルしても変質してしまうことが多いです。最後の信仰を大切にしましょう。

石巻での震災ボランティアにおいて、ある民家の壁にこのように書いてありました。
「その日は突然やってくる 聖書」
まさに、その日、最後の審判の日は突然やってきます。そのときに信仰を失っていることがないようにしましょう。

御言葉だけが罪を悟らせます。ぶどうの実としてではなく穀物として搾り取られるように。

★ハットポイント
人間同士の関係はファーストインプレションが重要で、それでほとんど、その人の印象が決まると言われたりしますが、わたしたちの全てを最初から知っておられる主は、ラストインプレッション、最後まで信仰の姿を守りとおすかを見ています。
人間の世界でもファーストインプレションがよくても、だんだんと悪くなり、最終的には離婚・絶交など良くない結末を迎えることも多いです。そういう人生はむなしいものです。
逆に最初はうまくいかなかったとしても、だんだんと親しみ深く愛するようになり、最後には良い関係になって一生続いたらすばらしいことではないでしょうか。

2012年12月12日水曜日

666の数字と私小説

ヨハネの黙示録 13:16-18
「また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。」

ヨハネの黙示録のもっとも恐ろしくまた謎に満ちているともいえる場面です。サタンの陣営に属する獣は、人々の右手か額に刻印を押させ、その刻印のある者でなければ、物を買うことも売ることもできなくなると書かれています。刻印がなければ生きていけない、そう言っているに等しい箇所であり、とても恐ろしいことです。

ところで、この箇所を初めて読んだとき、私はクリスチャンではありませんでしたが、非常にびっくりしました。なぜなら、私が中学生のときに書こうとしていた小説の舞台と同じだからです。

私は、2077年を舞台にしてあるSF小説を書こうとしていました。(結局、少し書いただけで時間がなくなり未完で終わりましたが。)
タイトルは「違法児」
内容ですが、その時代にはクローン人間を作成する技術が相当に進み、悪の組織が自らの欲望のためにクローン人間を大量に生み出し、戦争や強奪や数々の悪を行っていました。そのため国家は、政府によって認められたクローン人間および生身の人間から生まれた人間と、それ以外の人間を区別し違法とみなすことにしました。ただし、クローン人間と生身の人間から生まれた人間を区別することは難しく、科学者のアイデアによって体系化された方法は、生まれたばかりの赤ん坊に政府の電子証明書が入った小さなチップを埋め込み細胞と結合させてしまうことでした。そのチップが入っている人間は合法とみなされますが、チップが入っていない人間は違法とみなされ抹殺されることになります。
しかし、数々の戦争による荒廃や軍事政権の弾圧のおかげで、経済状況は最悪の状況化にあり、子供を産んでも育てることができずに捨てなければいけない親がたくさんいました。捨てられた子供たちは当然ながら政府のお墨付きのチップを埋め込まれることはなく、その存在は違法とみなされ、違法児と呼ばれるようになっていました。
人間の細胞と一体化されたチップにはその人固有の番号が特殊な暗号化を施されて埋めこまれており、それによって物の売買や交通手段の利用、あらゆる決済、個人の証明の用途に利用されるようになりました。つまり、チップが埋め込まれていなければ、公には何もできないことになります。自分が誰であるかすら証明できず、警察に見つかれば違法な人間とみなされて処刑されます。
そのため違法児と呼ばれる子供たちは、世間から離れ群れを作って地下等隠れて住み、細々と人生を送っていくことになりました。彼らは自分を証明できるものがないため、ときに悪の組織の格好の的になり、クローン人間の違法生産に利用されてしまうことも多くありました。
少年Aも違法児の一人であり、生まれてすぐに両親から捨てられて育ちましたが、あるとき、とても優しい家族に引き取られ匿われて育つことになります。高い費用がかかるが、ダミーチップを埋め込む手術を受けさせてもらい、彼は世間でまともな生活を送れるようになりました。
少年Aは中学生くらいになったころ、自分の両親に会いたくなり、苦労して探したすえに両親を探し当て、初めて両親と出会います。しかし、少年Aの両親は、少年に本来のチップが埋め込まれていないことから彼だと断定ができず、少年Aを突き放します。
少年Aはひどくショックで落ち込み精神病になって入退院を繰り返しますが、なんとか自分が本当に両親の子供であることを証明しようと堅く心に決め、何年後かに再び両親に会いにいきます。
再び戦火がひどくなり、彼が両親に会いにいったとき、家は炎に包まれていました。実の母の悲鳴が聞こえる中、少年Aは炎の中に飛び込んでいき自らの命を犠牲にしてまでも母を救うことで、自らが子供であることを証明しようとします。その結果、・・・・

長くなりましたが、という内容なのです。
これを書いていたとき、中学生であった私は聖書を全く読んだことがなく、この記載について聞いたこともありませんでした。ただ、なぜか近い未来はこんな時代が来るのではないかという想像のもとに書いていました。チップがなければ物の売買ができない、そんなことを想像で書いていたのですが、聖書を読んでそこに同じことが書かれていて本当に驚きました。
たとえ御言葉を聞いたことがなくても、人間の記憶や思考、想像には聖書のメッセージが入り込んでいるのでしょうか?神様は人を愛しておられるので、イエス様に出会う機会がない者にも、そのように真理を教えてくださっているのかもしれないと、ここを読む度に何度も考えてしまうものであります。

2012年12月11日火曜日

悪とは実存がないこと


■2012/12/11
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■ヨハネの黙示録 13:11-19

★モーニングチャペル
主の弟子を訓練させ強めるのが黙示録
霊的な戦いは単純です。戦えば勝利し、戦わなければ敗北します。

サタンは頭が良いかもしれませんが想像力がありません。神様の真似しかできません。だから、サタンは何一つなく新しく生み出すことはなく、模倣して人々を惑わします。

アウグスティヌスは「悪とは実存がないことである」と言いました。存在することは善であり、悪とは無であります。

悪霊には立ち向かう必要はありません。ただ神様を礼拝するのみです。なぜなら悪には実存がないからです。

サタンは飲食という人間にとって基本の問題で最後まで私たちを惑わしますが、イエス様はパンの誘惑を受けながらも勝利しました。

刻印を押すことは、聖霊が印をつけることの出来の悪いパロディです。サタンの刻印に対する方法は、聖霊の印を受けることです。

数字の666とは人間をさします。人間が人間の中心になるようにサタンにより惑わされています。

★ハットポイント
悪は実存がない、だから悪に立ち向かう必要もない、というのは実に活気的な悟りです。いつも、サタンの勢力に立ち向かい主の力で打ち負かしたいと躍起になっていながら、なかなか実りがなく疲れているのではないでしょうか。
サタンがいかに凄くとも、何かの真似しかできないし、存在が難しいのですから、聖霊様に満たされることをまず祈り聖霊の考えで歩みましょう。

2012年12月8日土曜日

ドラマや映画に見る人間の死と聖書

最近ヒットしているドラマや映画を見ますと、恋人や家族が病気になって死んでしまう内容が多いように感じられます。今までは問題なく健康だったのに、あるとき、不治の病であることが明らかになり、本人も周りの人も苦しみ戦い葛藤しながら生きますが、最終的には亡くなってしまいます。

人の死というのはそれ自体が重いテーマであり、誰もが関心を抱くものだから、ドラマや映画にもしやすいのでしょう。それを見た人は何かを考えさせられ、また涙も流して、悲しさや寂しさを味わいます。

ところで、人が病気になって死んでいく過程を描く中で、本人にとってまた身近な人にとって、もっとも大きな問いは、「なぜ?」というものです。なぜ自分なのか、なぜ苦しまなければいけないのか、今までの自分の人生は何であり、これからは何のためなのか、そういった根源的な問いが、ドラマや映画の中に出てきますが、それにきちんと答えている作品はないように見受けられます。

たいていの場合は、「頑張れ」「必ず治るから」「朝の来ない夜はないから」と周囲の人が励ましますが、本人は自分がそう励まされるのを嫌になり放っておいてほしいと思って引きこもってしまったり、そんな葛藤の連続が描かれています。

「なぜ自分だけが病気になり死ななければならないのか?」
そんな根本的な問いに対して、わたしたちは答えを持っていないのでしょうか?

実は、その答えはわたしたちの中にはありませんでしたが、バイブルという一冊の本の中に見出すことができます。

ヨハネ9:1-3

◆生まれつきの盲人をいやす
「さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」

生まれつき目の見えない人がいるのは、その人に問題があるからではなく、その人を通して神様の偉大さと栄光が現れるためだとバイブルは言っています。このあと、イエスは目の見えないその人を癒し、完全に目が見えるようになりました。神様は生まれつき目の見えない人に神様がどれほど大きな御業を行うかを現すための大きな使命を与えられたのです。

病との闘い、あらゆる葛藤の日々を通して、人は病や死に対して無力であることを学びます。医学がどんなに発展しても、多少、延命を図ったり痛みを抑えたりできるだけです。ただ祈ることしかできないことに気づかされます。金銭や知識、そして自分の力だけが全てと考えてきた人たちに、実はそれらが何の価値もないことを悟らせ、神様に対する飢え渇きを起こさせます。


また、バイブルにはこんな言葉もあります。

ヨハン12:24 「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」


一人の人の死を通して、家族、友人、同僚、関係する全ての人々の考え方、生き方が変わります高慢な者は謙遜になり、無関心だった者は愛し合うようになります。

かつて、私の大学時代の親友Kが、ある時から精神的な病にかかり精神病院に入退院を繰り返していましたが、徐々に治ってきて仕事にもつけるようなり、さあこれからというときに、何らかの事故で亡くなってしまいました。私と同じく一人っ子であったため、両親の苦しみと悲しみはどれほどのものだったのでしょう。あまりにも辛くて今まで生活してきた場所にいることができず、引っ越してしまい、住所も聞かされてはいません。

彼がなぜ精神的な病になり最終的に死んでしまうことになったのか私は未だにわかりませんが、少なくとも彼の闘病生活を見ていた私は、自分は何でも人にしてあげられるという高慢な心から、自分は一人の友人さえ救うことさえできないという謙遜な思いに変えられ、イエス・キリストを信じるという恵みにあずかった気がしています。

両親からの最後の連絡には、「Kは牧師に見守られて昇天しました」とありましたので、彼の両親も
信仰を持って救われたのかもしれません。

ドラマや映画の中で死に行く主人公がバイブルに出会っていたらと、何度も思わずにはいられないこのごろです。

2012年12月2日日曜日

孤独の痛み

2012/12/02
■ヨハン吉祥寺キリスト教会 主日礼拝

■タイトル: 私と伴うイエス様

■マタイ 11:28-30、黙示録3:20



★メッセージ
福音を伝えたら、ミッションスクールに通った以下大学の女子学生が、詩篇109:115を聞いて思い出し悔い改めました。日本では子供のころや小中学生のころに福音を聞いている人が意外といるものです。

生きる希望がなく死のうとしている人が聖書を読んで死ぬのを思いとどまり救われる人がいます。聖書は命綱となります。だから、ホテルの部屋には聖書がおいてあります。

エデンの園は苦も痛さもありませんでした。人間とライオンなどの猛獣が一緒に暮らしていました。が、私たちの罪ゆえに神との断絶が発生し苦難が生まれました。

人間ももっとも疲れさせるのは孤独です。人間は存在するがゆえにある孤独「存在論的孤独」を持ち合わせています。パスカルは神様でしかそれを埋められないと言っています。
医学的な実験では、物理的な痛みを体に与えたときの脳波と、孤独のときの脳波は一緒であるという結果が出ています。孤独のときには同じ痛みを感じます。

チャンスが来たのに健康が衰え年をとっていて動けない悔しさが誰にでもあります。人生の大きな問題です。「青春は若者にはもったいなさすぎる。」と、ある韓国の小説家は言っています。

「老人と海」をヘミングウェイは書きましたが、その話の中では、せっかく苦労してとったマグロを帰る途中にサメが食い尽くしてしまい最後に残ったのは骨だけになってしまいます。
この世は技術が進めば進むほど休む場所がなくなっていきます。

★ハットポイント
体が痛いときの脳波と、孤独のときの脳波が同じとは大変興味深いです。確かに孤独だと感じている人は寿命も短い気がしますし、昔、自分が孤独だと感じたときも言い知れぬ痛みがあったような気がします。ただ、イエス・キリストだけが人の孤独という痛みを癒せるのですね。

2012年11月18日日曜日

収穫感謝記念礼拝

2012/11/18

■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝

■タイトル: 感謝をいけにえとして捧げる者
■詩篇 50:14-15,23

★メッセージ

賛美は感謝の表現です、感謝があふれる表現でないといけません。

ピューリタンは初めアメリカの地で感謝礼拝を行いました。
やがて木曜日に行うようになり、現在は11月第3日曜日に行うようになりました。

今日もし準備不足なら11月が過ぎる前に清めてもらい決心して感謝しましょう。
あなたは赦されているのだから善意、寛容を身につけましょう。

コロサイ3:12 互いに赦しあいなさい → 信仰の本質
エフェソ5:16-18 どんなことにも感謝しなさい

いつも考えて悩んでいるだけで笑顔や感謝がない人が多いのでは

同性愛は呪われた病気です。ローマ1:27では治らない病と表現されています。

詩篇103:2 主の御計らいは何一つ忘れてはならない
ダニエル6:11 日に三度祈りと賛美を捧げました。

韓国の孫良源牧師は二人の息子を殺されても主に感謝しました。

ルカ17:11-19 不治の病を癒された10人のうち、サマリア人だけがイエス様のもとに戻って感謝しました。

★ハットポイント
忙しい日常生活をしていると、いつのまにか感謝を忘れてしまいます。あれもこれもしなければいけないのに時間がない、いつも追われている、なかなかうまくいかない、そんな考えばかりが支配してくると、常に不平不満だらけです。
しかし、本当にそんなに不運な境遇なのでしょうか?
少し落ちついて感謝なことがないか探してみるといろいろあり、まず感謝するのが先決ですね。
・命があること
・衣食住が足りていること
・信仰が守られていること
・仕事があること
・家族がいること
・教会の兄弟姉妹たちがいること
・奉仕を任されていること
・主の計画に導かれていること
・その他たくさん

2012年11月11日日曜日

最も価値ある人生

■2012/11/11

■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝■タイトル: 最も価値ある人生■使徒 20:22-24

★メッセージ
ビジョンがない民族は滅びますが、ビジョンがある民族は栄えます。
城壁を建てた民族は滅びましたが、道を作った民族は栄えました。

スティーヴン・コーヴィーは著書の中で、人生に求めるものとして4つの段階のSを書いています。
-Survive 生存
-Safety 安全
-Success 成功
-Significance 意義ある人生
人は最終的に、意義ある人生、満足した人生を求めるものであります。

人は自分の名前を残すために慈善事業をしたりしますが、私たちは自分の人生そのものを残すべきです。

使徒言行録においてパウロは、投獄と苦難が待っていることを知っていながら立ち向かいました。それは使命に生きるものの姿勢です。具体的な案が常にあるわけではありませんが、何が起きても命すら惜しいとは思わない姿勢です。人の傷や痛みは使命につながります。

シュヴァイツアーは列車に乗るとき決して一等車には乗らず、「4等車がなくて残念です」と言っています。

使命に生きる人の特徴が負担感があります。使命に生きるかっこいいものになりましょう。

作られた映画の脚本のためにさえ俳優は命をかけて演技をします。それならば、主が与えて下さった人生でなぜ使命を果たさないでしょうか?パウロは十分の福音を伝えたので、「誰の血についても責任がありません」と言っています。

★ハットポイント
P.F.ドラッカーの「マネジメント」という本によれば、マネジメントには3つの役割があり、その1つは、「自らの組織に特有の使命を果たす。マネジメントは、組織に特有の使命、すなわちそれぞれの目的を果たすために存在する」と述べています。
組織には必ず使命があるはずであり、使命がなければ組織の存在意義が問われてしまいます。組織だけでなく個々の人も神様から与えられる使命があり、それを強く自覚認識し実践するとき、どんな苦難をも乗り越えて生きていけるようになるのでしょう。
まず、自分が自分自身の使命を自覚し、毎日それを胸に刻んで邁進しなければいけませんし、人生に迷っている人たちには、それぞれの使命があることを教えてあげる必要があります。
使命に動かされる人生ならば、決して後悔することのない人生となるでしょう。

2012年9月9日日曜日

秩序を守る神様

■2012/09/06
■ヨハン早稲田キリスト教会 週報勉強
■イザヤ 24:1-13

主なる神様はノアの契約(創9:1-17)にて創造秩序の保存を約束されました。
大きな宇宙から微小な細胞に至るまで神様が創造したものであり、またそれらの物質に働くあらゆる作用(物理法則など)は神様が作った秩序によって守られています。
地球の地軸が一定角度傾いた状態で太陽の周りを回ることで温度が適度に保たれることや、季節感があることなど、神様が守って下さっているから、私たちは不自由ない生活をすることができます。

しかし、人間が神様に反逆し続けるとき、神様はときに裁きを下されます。その裁きの一つとして、神様は秩序を守るのをやめられます。秩序がなくなれば、大地は揺れ動き、作物は枯れ、人間をはじめとした動植物は命の危険にさらされます。

ただ、神様は裁きを下されるといいましても、ムチをふるって何かを破壊されるということはあまりなさりません。再臨のときには神様自ら大きな裁きを下されますが、それ以外のときは、裁きは人間を滅ぼすことではなく、人間に警告を与え悔い改めるチャンスを与えています。ただ、秩序を守るのを少しやめるだけで、何かを破壊したりはしません。

神様は愛をもって人間が悔い改めるのを待っておられるのです。

2012年8月26日日曜日

KOSTA後の信仰の姿勢


■2012/08/26
■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
■タイトル: KOSTA以降持つべき信仰の姿勢
■フィリピ 2:12-18

★メッセージ
御言葉と共に働く実りを楽しみに
CTSとCBSがKOSTA取材をしました。日本でのKOSTAは世界19カ国のKOSTAの中でも最も目に見張る成長があり、日本での宣教の様子がしっかり伝えられました。

我々は天国に市民権を持っています。永住権、入場券があります。

1.常に従順でいて畏れおののきつつ我らの救いを達成しよう

コロサイ2:13-15 肉に割礼を受けず、罪の中にいて死んでいたあなたがたを、神はキリストと共に生かしてくださったのです。神は、わたしたちの一切の罪を赦し、規則によってわたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。そして、もろもろの支配と権威の武装を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました。

すべて過去完了形で表されています。私たちの罪の赦しはすでに過去になされています。

Ⅰコリント 13:12 わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。
Ⅰコリント 15:49 わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。

未来形で書かれていますが、確実に実現します。

自分に与えられた信仰を毎日確かめながらその通りだと証するように

登山家は登るときよりも降りるときに事故が多いです。
KOSTA後は単なるイベントで終わってしまわないように

2.御心のままに望ませ行われる主の御旨があることを確信しよう
主は必ず成功させてくださり、分かち合わせてくださいます。
天の御国の人材は天材→天才です。

3.すべての過程は訓練を通した聖化の完成へと導きます。


2012年7月13日金曜日

荒れ野の奇跡


■2012/07/13
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■Ⅰコリント 7:17-28

★モーニングチャペル
荒れ野でぶどうの実が見出せるのは奇跡です。いちじくが初めて実をつけたときのように慈しむ目で主はわれわれを見ておられます。

姦淫の問題は次の点です。
①不義の相手
②報酬を求める

ベオルとギルガルにおける罪により、「わが神は彼らを退けられる」とありますが、決して主は退けられたままにはしておかれません。

孫良源先生の妻は獄中の夫に対して、偶像礼拝をするならもはや私の夫ではありません、と毅然とした態度であたりました。偶像礼拝に対して徹底的に対抗しました。

★黙想
主はイスラエルの民および預言者への憎しみを語られますが、それは愛の逆表現です。本当は愛したいのですが、裏切りのゆえに主の熱情が降り注ぎます。

★適用
主は人格を持っておられます。愛も憎しみもあることを忘れてはなりません。ただ常に私たちに関心を持っておられますので、そのことを感謝し主と向き合いましょう。

2012年6月20日水曜日

わたしが彼らを呼び出した


■2012/06/20
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■ホセア書 11:1-11

★モーニングチャペル
繰り返し神様を悲しませていることがあるならば悔い改めなければいけません。
ゴメルの最初の子供の名前はイズレエル、私はあなたを追い出すという意味です。

11:2 わたしが彼らを呼び出したのに/彼らはわたしから去って行き/バアルに犠牲をささげ/偶像に香をたいた。

わたしが優れているからではなく神様の私への愛の故に呼び出しました。
教えられているのに知らないと言って、自分が拒んでいるものは何でしょうか?

★黙想
父は子を心配し愛し呼び出して良いものを与えるものです。しかし子が逆らい自分でなんでも得たかのように高慢にふるまいます。

★適用
私はどんなことで主を悲しませているのか考えてもよくわからないために、根本的に悟らせて下さるように。
私の親も息子も愛する当然の愛の心を取り戻すように。

2012年6月19日火曜日

良いことのために使う


■2012/06/19
■ヨハン教会 QT
■ホセア書 10:1-14

10:11 エフライムは飼い馴らされた雌の子牛/わたしは彼女に脱穀させるのを好んだ。わたしはその美しい首の傍らに来た。エフライムに働く支度をさせよう。ユダは耕し、ヤコブは鋤を引く。


★黙想
主は私たちを良い場所を与えて下さり用いようとしておられます。にもかかわらず、主を裏切り与えられたものと場所を悪いように使ってしまいます。

★適用
この世のあらゆるものは悪く用いれば大きな罪となります。
物を切るための包丁やナイフも人を殺す道具となりますし、生きるために必要なお金も自分の欲望を満たすための手段になりかねません。
正しいことのために使う霊性があるように。

2012年6月18日月曜日

愛と憎しみ


■2012/06/18
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■ホセア書 9:1-17

★モーニングチャペル
荒れ野でぶどうの実が見出せるのは奇跡です。いちじくが初めて実をつけたときのように慈しむ目で主はわれわれを見ておられます。

姦淫の問題は次の点です。
①不義の相手
②報酬を求める

ベオルとギルガルにおける罪により、「わが神は彼らを退けられる」とありますが、決して主は退けられたままにはしておかれません。

孫良源先生の妻は獄中の夫に対して、偶像礼拝をするならもはや私の夫ではありません、と毅然とした態度であたりました。偶像礼拝に対して徹底的に対抗しました。

★黙想
主はイスラエルの民および預言者への憎しみを語られますが、それは愛の逆表現です。本当は愛したいのですが、裏切りのゆえに主の熱情が降り注ぎます。

★適用
主は人格を持っておられます。愛も憎しみもあることを忘れてはなりません。ただ常に私たちに関心を持っておられますので、そのことを感謝し主と向き合いましょう。

2012年6月17日日曜日

主から見捨てられる


■2012/06/17
■ヨハン教会 QT
■ホセア書 8:1-14

★黙想
神様の恵みよりも目に見える諸国の力や金銀の偶像に身を委ねる者を主は見捨てられます。

★適用
私だけでなく私の両親、同僚たちも主から離れるなら見捨てられます。
相手が罪に陥ることを知っていながら警告しないのは罪となります。

2012年6月16日土曜日

罪の原因は自分の高慢


■2012/06/16
■ヨハン教会 QT
■ホセア書 7:1-16

★黙想
7:10 イスラエルを罪に落とすのは自らの高慢である。彼らは神なる主に帰らずこれらすべてのことがあっても主を尋ね求めようとしない

人が罪に陥るとき、誰かの誘惑や試練のせいにすることがありますが、一番は自分自身の高慢から来るものです。主に立ち帰らず主に求めようとしないことから罪は大きくなります。

★適用
私のあらゆる罪の結果は私の高慢から来ています。自分自身で何でも解決しようとする態度、心が主の敵となります。主に心をオープンし委ねられますように。

2012年6月15日金曜日

偽りでない悔い改め


■2012/06/15
■ヨハン教会 QT
■ホセア書 6:1-11

★黙想
言葉は華麗でいかにも信仰深く思えますが根本は変わらない偽りの悔い改めを主は厳しく罰しています。

★適用
私の悔い改め、私の信仰の態度は偽りなのでしょうか?自分では悔い改めているように思えても主には偽りと見えているのかもしれません。主の心にかなう悔い改めができますように。

2012年6月14日木曜日

罪人のための祈り


■2012/06/14
■ヨハン教会 QT
■ホセア書 5:1-15

★黙想
5:4 彼らは悪行のゆえに、神に帰ることができない。淫行の霊が彼らの中にあり主を知りえないからだ。

悪を犯している者には悪霊がとどまり主を知ることも立ち返ることもできません。
どうしようもなくなり、ようやく自分の罪を悟るときに臨んで下さります。

★適用
それでは、自分の周囲の人々も救われません。
キリストを知らない人は、自分自身で悟り悔い改めることはできません。
クリスチャンが祈り忠告しよく諭すしかありません、

私の小さな祈りを聞いて下さい。それしか道がありません

2012年6月13日水曜日

主による告発


■2012/06/13
■ヨハン教会 QT
■ホセア書 4:1-19

★黙想
4:1 主の言葉を聞け、イスラエルの人々よ。主はこの国を告発される。

主がご自分が創造された民を告発するということは、どれほどの深刻な事態でしょうか。あまりにも人間の罪は根深く繰り返されています。

なぜ保証できない神に人は礼拝やいけにえを捧げるのでしょうか?欲望や悪例にだまされるからです。

★適用
私たちの罪も根深く主の哀れみなしでは一歩も抜け出せないことを告白し赦しを乞います。家族、友人、身近な人による悪行もすみやかに断ち切れますように

2012年6月12日火曜日

神様から離れた人間の価値


■2012/06/12
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■ホセア書 2:14-3:5

★モーニングチャペル
悔い改めて神様の恵みによって生きることが大切です。
バアルに仕える者たちは与えられたものはすべて神様から来るにもかかわらずその感謝をバアルに捧げました。
主を悲しませることは古代から現代まで繰り返されています。
日本は豊かであるために、この豊かさを自分の努力によって得たという心があるのではないでしょうか。

瞬間、瞬間、感謝して生きることが大切です。
1シェケルは労働者4日分の給料であり、15シェケルは2か月分の給料、約60万円に相当します。また、大麦1ホメルと1レテクが約15シェケル分です。女を銀15シェケルと、大麦1ホメルと1レテクを払って買い戻したということは、約120万円で女を買い戻したということです。
一人の人間の価値としてはあまりに低い金額ではないでしょうか。神様から離れてしまった者の価値はこれほどしかないということを、主は示しています。

★黙想
2:16 それゆえ私は彼女をいざなって荒れ野に導き、その心に語りかけよう。

主は女の心に語りかけられ女がもはや偶像礼拝せず主を礼拝するように変えさせました。

自分の価値は自分自身が決めるのではなく、主とともにいることで主が決め価値を高めてくれます。

★適用
罪を犯したものが自分の力で自分の意志で悔い改めることは難しいです。だから主は自ら人に語りかけて心を動かして下さいます。私の関連する人々、そして私自身も主によって心動かされ悔い改める感謝し清められますように。

2012年6月11日月曜日

法は家庭に入らず

■2012/06/11
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■ホセア書 2:3-15

★モーニングチャペル
激しく堕落していた北イスラエル、ヤロブアム2世の時代でありアッシリアに侵入されました。
イズレエルとは戦争を多くした場所であり、血まなぐさいという意味があります。

ホセアは預言者であり清い者でなければならないはずが、死罪に値する淫行の罪を犯した女と結婚し、ロ・ルハマ(憐れまれぬ者)とロ・アンミ(わが民でない者)という主から見放された子供を授かることになります。

ホセアは妻ゴメルの浮気を赦し待っています。それは神様の愛の大きさを物語っています。

自分の欲望や満足を満たしてくれる目に見えるものが偶像礼拝の神です。

ホセアは自分の人生を通して主の御旨を預言しました。最も辛いことをホセアに要求しました。

自分で自分をゆるせないことであっても、告白し悔い改めれば主は赦して下さいます。

子供が母を告発するほど大変な時代でした。
法律を学ぶと、「法は家庭に入らず」という概念があります。つまり、家庭内や親族内の問題は、人情といいますか、家族の情愛が絡むので、必ずしも法律による杓子定規な解決になじまない、むしろ、家庭内の話し合いで解決した方がいいし、犯罪に対する統制としてもそれで十分だという考えに基づいています。
それにもかかわらず、母を告発しなければならないのは大変なことでした。

★黙想
預言者は預言するに当たり主の前に清くなければならないはずですが、姦淫の女を妻にしろと命令されるのですから、ホセアはどんなに苦しかったでしょう。しかもその妻はすぐに浮気してしまいますが、夫ホセアは妻を赦し待ち望みます。これほどの悲劇と愛は通常はないでしょう。まさに神様の存在を見せてくれる場面です。

★適用
親子の関係が分裂し、法律的にまで争わなければいけないことは、なんと苦しいことでしょう。本体、愛し合うべき家族が憎しみ合い戦い合うことは最悪の状況です。サタンでさえ親子で戦うならば滅びてしまいます。親子が正しい愛の関係に戻ることを望みます。

2012年6月10日日曜日

主との出会い


■2012/06/10
■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
■タイトル: 栄光に預かる日のために
■Ⅰペトロ 5:1-14

ペトロの羊飼いとしての姿勢は常に一貫していました。ペトロが手紙で命令したことは次のようになります。
①神の羊の群れを飼いなさい
②主の前に謙遜になりなさい
③思い煩いは神に任せなさい

ペテロはイエス・キリストから教わったことを忠実に教えました。支配者としての行き方でなく僕としての生き方を教えましたが、これこそ喜びの人生です。
ペトロは学歴もなく実力もありませんでしたが、単純に純粋に主の言葉を実行しました。これがペトロの最も優れた点であり、聖霊が降ってからペトロがリーダーの役割を果たしました。

私たちは、やりなさいと言われたことを確実にやることができません。ある人は、秘書としての心を身に着けなさいといいます。ある社長のもとで秘書として仕え、社長が何を望むかを常に考え先に行動することを考えてきた秘書は、やがて社長としての資質を認められ社長になります。社長には秘書経験者が多いようです。

祈りと御言葉で武装できない人は霊的なストレスに負けてしまいます。私たちクリスチャンは悪魔に抵抗する特権があります。苦難はありますが、いつまでも続きません。神様が与えられる苦難は手段であり目的ではありません。必ず栄光のときが訪れます。

人生の中で主との出会いがなければむなしいものになります。


★ハットポイント
かつて、私はクリスチャンになる前、人生は三つの出会いが重要だと考えていました。
①人との出会い
②本との出会い
③自然との出会い
良き人と出会うことは最も大切であり、それだけでは足りず、良き本と出会って知識や感受性を増し、また、良き自然と出会って、人間中心でない地球規模の大きな考え方をするのだと考えていました。

クリスチャンになってから、私はこれにもう一つ重要なものを先頭に付け加えました。それは「主との出会い」です。先にあげた三つはしばらくは私たちの心を満たし成長させてくれますが、本当の真理には至らせてくれません。主との出会いは私たちに真理を与え、永遠の命を与え、どんな苦難も乗り越える力を与えてくれます。すべての人が主と出会うことを祈ります。

2012年6月9日土曜日

信仰に踏みとどまる


■2012/06/09
■ヨハン教会 QT
■Ⅰペトロ 5:1-14

5:9 信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。あなたがたと信仰を同じくする兄弟たちも、この世で同じ苦しみに遭っているのです。それはあなたがたも知っているとおりです。

★黙想
自分たちを食い尽くそうと探し回っている悪魔に対して信仰に踏みとどまり抵抗しなさい。

★適用
まだ信仰に入ったばかりの人を食い尽くそうと、そして私たちのスキを狙って信仰を奪うものがなど、数え切れない攻撃がありますが、主が強め力づけてくださることを信じます。

2012年6月8日金曜日

先駆者に必ず苦難あり


■2012/06/08
■ヨハ教会 モーニングチャペル
■Ⅰペトロ 4:12-19

★モーニングチャペル
もし迫害を受けているならば私が主の御前で正しい位置に立っていることの証拠です。日本の若者に福音を伝えることは、日本ではあまりなかった試みです。迫害を受けるなら喜びなさいと聖書にはあります。
自分の中に罪を見出せるならば、それは迫害ではなく自分の罪から出たことです。悔い改めましょう。しかし、イエス様のための苦しみであるならば真正面から受けましょう。
何が迫害でそうでないか分別力が与えられるように祈りましょう。苦しみを主と分かち合うことは最高の道です。

★黙想
たいてい初めてのことをする人や、新たな領域を開拓する人には非難や苦難がつきまといます。成功者はそれを気にせずに、苦難をうまく取り入れて成功につなげます。
今からちょうど100年前は、ライト兄弟が飛行機の初飛行に成功した年ですが、それ以前は、人々は彼らを見て空を飛ぶなんて子供みたいだと馬鹿にしたものでした。ましてや、ロケットが宇宙に飛ぶことや、月面まで人間が行くことは、子供か狂った人の空想話としか思われなかったはずですが、今では、当たり前のことです。
20世紀前半、日本人が多くアメリカに移民としてわたりましたが、やはり現地の人から多くの迫害や非難を受けました。特に第二次世界大戦が始まると、今まで真面目にやってきた多くの日系人が迫害され収容所に入れられました。今ではアメリカ旅行して日本人だからと馬鹿にされることなどありませんが、最初は苦難の連続だったのです。

★適用
現代でもそれぞれ苦難があります。物質的なことではあまりありませんが、霊的な意味で多くあるでしょう。どんなに福音を丁寧に伝えても、無視され裏切られることがありますが、それらをむしろ喜びとして最後まで続けます。

2012年6月7日木曜日

愛は罪を覆う


■2012/06/07
■ヨハン教会 QT
■Ⅰペトロ 4:1-11

4:8 何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。

★黙想
愛すれば罪を回避することができるようになります。愛の心を持って何かをしながら罪を犯すことは難しいです。罪を犯さないようにするのも大切ですが、人間にはなかなかできないこともあります。そのときは逆に愛の言葉と行動を増やすようにします。

★適用
苦手な相手も愛すれば良いところがみえてきます。またその人に親しみがわいて来ます。愛すればその愛以外の余計なところに時間を使わなくなります。

2012年6月6日水曜日

キリストの弁明

■2012/06/06
■ヨハン教会 QT
■Ⅰペトロ 3:13-22

穏やかに敬意をもって正しい良心で弁明するようにしなさい。そうすれば、キリストに結ばれたあなたがたの善い生活をののしる者たちは悪口を言ったことで恥じ入るようになるのです。

★黙想
キリストを知らず馬鹿にする者に対しては敬意を払い弁明します。そうすれば彼らは恥じ入るようになるでしょうか。

★適用
両親、同僚、周囲の人々に対しては尊敬しながら正しくキリストを知ってもらいます。

2012年6月5日火曜日

先に救われる配偶者

■2012/06/05
■ヨハン教会 QT
■Ⅰペトロ 3:1-12

★黙想
妻が先に信仰を持った場合、その信仰ゆえに夫も救われるようになります。このような例が一般的ですが、その反対もあります。(夫が先に救われる。)
妻を大切にするとき祈りが妨げられず聞かれます。

★適用
婦人会の方の夫も救われ礼拝に出席し弟子として立てられるように。妻の日々の言動・行動に対して感謝し尊敬するようになります。

2012年6月4日月曜日

寄留者の姿勢

■2012/06/04
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■Ⅰペトロ 2:11-25

手紙は迫害されている信徒たちのために書かれました。

複雑であいまいなこのがあると何か真実があるように見えますが、しかしそこには何も真実はありません。キリスト教はむしろ単純に信じるようにされました。

苦難は子供のように受けなさい。信じられる恵みがありますように。

収入があるとどのように使ったらよか相談した人もいました。お金には脈、流れがあります。正しい用途に使えますように。

ギブオンの300人のように、たとえその場にいけなくても心がそこに向きますように。
★黙想
人々が主を知るようになるためであるなら我々はどんな苦難をも受け人々からのあざけりも受け入れます。

2012年6月3日日曜日

教会を支える石


■2012/06/03
■ヨハン教会 QT
■Ⅰペトロ 2:1-10


2:4 この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。
2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。


★黙想
主は我々を暗闇の中から光へと招きいれて下さいました。単なる石ころであったのに霊的な家を作り上げる重要な尊い石として用いて下さいました。聖殿とは建物だけでなく、その教会を支える信徒たちがもっと大切で、彼らが土台となるのです。

★適用
開拓教会の聖殿建築を祈っていますが、何よりもそこを建てあげる信徒たちが硬い石のような堅固な信仰をもって揺れ動かされずしっかり支えることができるように祈ります。

聖霊が不法の者に勝つ

■2012/06/03
■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
■タイトル: 聖霊様の働きに大きな期待を持ちましょう
■Ⅱテサロニケ 2:6-12

罪が何であったかさえ知らないイエス・キリストが十字架にかかられ私たちの罪をあがなわれました。イエス・キリストは清いのですが、全人類の罪を背負う資格を得るために洗礼を受けました。

我々を試す存在がひそかに働いています。それが公に現れるとき主が降臨しそれを完全に封じます。そして千年王国が訪れます。

かつての異端の数は少なかったですが、最近では韓国だけでも200以上の異端リーダーがいます。聖書で書かれている「不法者」がどんどん増えています。それらにどう立ち向かうのでしょうか?

ヨハネ14:16 わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。

聖霊様が遣わされ聖霊様がそれらの悪に対して立ち向かう力を与えて下さいます。

Ⅱテサロニケ 2:8 その時が来ると、不法の者が現れますが、主イエスは彼を御自分の口から吐く息で殺し、来られるときの御姿の輝かしい光で滅ぼしてしまわれます。

「御自分の口から吐く息」とは御言葉であり、御言葉によりそれらの不法の者を退けます。

★ハットポイント
全世界で「自分は神だ」と自称するような人が確かに増えていますし、それらに従う人も増えています。今はまだひそかに活動していますが、やがて堂々と出てくるのかもしれません。その時は、主の御言葉によりそれらが打ち倒されることを信じ、それまで、自分自身が惑わされないように気をつけたいです。

2012年6月2日土曜日

聖なる生活


■2012/06/02
■ヨハン教会 QT
■Ⅰペトロ 1:13-25

1:15 召し出してくださった聖なる方に倣って、あなたがた自身も生活のすべての面で聖なる者となりなさい。
1:17 また、あなたがたは、人それぞれの行いに応じて公平に裁かれる方を、「父」と呼びかけているのですから、この地上に仮住まいする間、その方を畏れて生活すべきです。
1:22 あなたがたは、真理を受け入れて、魂を清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、清い心で深く愛し合いなさい。

★黙想
私のこの世での生活はいわば旅人であり、旅人は帰る国や家があります。その出身であることを忘れないですし、また忘れてはいけません。クリスチャンは天国の民であることを覚え聖なる生活をする必要があります。

★適用
聖なる生活とはどんな生活でしょうか?ただ罪を犯さなければ良いのでしょうか?そうではありません。主は人それぞれの行いに応じて公平に裁かれる方です。
何を行うかといいますと、清い心で深く愛し合いなさいと教えられています。隣人を愛すること、支えあうことが必要です。

2012年6月1日金曜日

試練による信仰の証明


■2012/06/01
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■Ⅰペトロ 1:1-12

★モーニングチャペル
主は天での報いを備えております。天には真の希望があります。
主による訓練は長くは続きません。必ず終わりがあります。


1:6 それゆえ、あなたがたは、心から喜んでいるのです。今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、
1:7 あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。

★黙想
ときには主は愛する者を鞭打たれ試練を与えて訓練されます。しかし、その試練によって本物の信仰と認められます。ヨセフもエジプトの宰相になるまでの10数年間、奴隷生活の試練を受け、ダビデもヘブロンで王様となるまでの10数年間、サウルから追われるという試練を受けましたが、その後は絶対的な権力と平和が得られるほど祝福を受けました。

★適用
今もいろいろな苦しみや試練がありますが、むしろこれらを喜びとし、この試練を通して私の信仰が主により本物と認められるように祈ります。自分の家庭、仕事、あらゆることの祝福につながりますように。

2012年5月31日木曜日

ダビデの罪と祝福


■2012/05/31
■ヨハン教会 木曜礼拝
■歴代誌上 29:1-20

祝福よりも警告の御言葉が語られました。
十戒の第7戒目は姦淫の罪に関するものですが、新約では心で考えても罪になります。

ダビデは自分で神殿を建てることを許されませんでしたが、神殿の材料を準備することは主が喜ばれました。

21章ではダビデが高慢になり自分の栄光を誇るために人口調査をしました。ヨアブだけが彼の高慢に気づきやめさせようと進言しましたが、ダビデはそれを聞かず強行し、主から大きな罰を受けました。しかし、ダビデは悔い改め、神殿を建てる場所となるオルナンの土地を手に入れるために、600シェケルを払います。1シェケルは当時の男性2か月分の給料=約60万円ですから、3億6000万円くらい払ったことになります。都会の一等地なら話はわかりますが、まったく何もない田舎の土地にこれだけの大金を払ったのですから、すごいことです。

某知事が今の日本の問題は心の問題であり、金と性の貪欲に犯されていると言いましたが、まさにその通りです。主が彼を用いて私たちに警告を与えているのかもしれません。

「引きこもり」という言葉が英語での外来語になりました。そのくらい日本では「引きこもり」が多いことがよく知られ問題になっています。

ダビデは学校も全く出ておらず羊飼いの仕事を少年のときからやっていただけなのに、戦争をすれば必ず勝つ戦略家であり、音楽を奏でればサウルの心が休まるほどの音楽家であり、詩篇の半分以上を記すほどの文学者でもありました。

主は献金の金額には興味はありません。やもめは2レプトン銅貨をささげましたが、主から最も多くささげたと言われました。

人生の満足とは


■2012/05/31
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■歴代誌上 29:20-30

★モーニングチャペル
祈りは主との素晴らしい関係によるもの、選ばれていることを確かにしよう。主なる神様の主権を認め走りぬきます。

★黙想
29:28 彼は高齢に達し、富と栄光に恵まれた人生に満足して死に、彼に代わって息子のソロモンが王となった。
ダビデは富と栄光に恵まれた人生に満足して死にました。富があっても満足して死ぬ人はほとんどいない中で、ダビデの富は主からくるゆえに真の満足を得られることができました。

★適用
富があるから満足になるのではなく、満足な人生ゆえに富にも恵まれることがあるということです。偉大な信仰者の中には、決して富に恵まれず、迫害と窮乏の厳しい人生を送った人もいますが、彼らは主の中で平安を得、本当に証する悔いのない人生を送りました。
主との豊かな関係がまずは満足のいく人生となります。

2012年5月30日水曜日

聖殿建築の条件

■2012/05/30
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■歴代誌上 29:1-19

★モーニングチャペル
ビルゲイツは得たお金をたくさん世の中のためにささげました。お母さんがクリスチャンでした。喜んでささげる心が大事です。

自分自身、自分の人生にとらわれてしまうと前に進むことができません。自分の小ささから離れて神の偉大さに目を向けると思い煩いから解放されます。

ダビデは王様になる前も後もたくさんの苦しみがありましたが、主に感謝し喜びがありました。

雑草さえもコンクリートの合間を縫って出てきますが、御言葉にはどんな状況も打破していく力があります。

★黙想
神殿建築のためにあらゆる身分の人々が自ら進んで資金をささげました。それでいながら自らへりくだり主の栄光を賛美し感謝したことが主に喜ばれました。

★適用
自ら進んで喜んでささげながら決して誇らない人々がいるときに聖殿建築も許可されるのではないでしょうか。開拓教会の聖殿建築のためには、開拓教会でもヨハン早稲田キリスト教会でも、そのような信徒がたくさんおこされますように、また自分自身がそのように喜んでささげる心と実力が備わりますように。

2012年5月29日火曜日

主が教会の建築家


■2012/05/29
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■歴代誌上 28:1-21

★モーニングチャペル
ダビデの信仰は告白信仰であり、人々の前で自分の信仰を宣言しました。
口にしたものは記録に残ります。

ローマ10:10 実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。

エベレストの登山家は、「夢は他人に話すとき実現する」と言いました。

心を燃やすには御言葉で読むのが良いです。私たちは愛された分だけ他人を愛することができます。私は確かに救われたという宣言が重要です。

★黙想
聖殿は主のものであり主自らが細かい部分に至るまで設計されます。ダビデはそれを受け継ぎ、実際に紙に書き記しただけでした。

★適用
教会は建築家が建てられるのではなく、主ご自身が建てられるもの。
聖殿建築に関わるとき、よく主の御旨を求めなければいけません。教会の奉仕も働きも人のためではなく主のために行うものです。主を意識して物事を行いましょう。

2012年5月28日月曜日

軍隊と礼拝の共通点

■2012/05/28
■ヨハン教会 モーニングチャペル
■歴代誌上 27:1-34

★モーニングチャペル
英語の"service"という単語には、「軍隊」という意味、「礼拝」という意味があります。軍隊と礼拝はだいぶ違うもののように思われますが、"service"には仕えるという意味があります。軍隊では上官に仕え、礼拝では主なる神様に仕えます。それは仕えても仕えなくてもどちらでも良いものではなく、仕えることは命令です。

Ⅱテモテ2:4 兵役に服している者は生計を立てるための仕事に煩わされず、自分を召集した者の気に入ろうとします。
Ⅰペテロ2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。

主なる神様はただ厳しい方だといういうのは誤った考え方です。主人から預かったお金を自分のものとしたくて地に埋めてしまった人もいました。

歴代誌上 25:24-27 ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠して/おきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。

2012年5月27日日曜日

世の仕事と奉仕は違う


■2012/05/27
■ヨハン教会 QT
■歴代誌上 25:1-26:32

歴代誌25:8 彼らは年少者も年長者も、熟練した者も初心者も区別なく、くじによって務めの順番を決めた。


★黙想
奉仕は得意だから自分がやりたいからやるわけではありません。主は、得意/不得意、未経験/経験済み、若者/年長者の区別なく、くじによって平等に選び出されました。

★適用
教会の奉仕は世の仕事とはちがいます。世の仕事はお客様に認められてお金を得ますが、奉仕は主に認められて主が喜ばれる忠実な弟子となります。
得意、経験で奉仕を探し決めようとしないで、主の御心を考えながら、いろいろ学ぶ謙遜な気持ちで奉仕をしましょう。また、そのように一緒に行う人々が起こされるように祈りましょう。

聖霊

■2012/05/27
■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
■タイトル: 聖霊様によって命あふれる教会
■使徒 2:37-47

聖霊に満たされると清く生きたいという情熱にあふれるようになります。子供のようになります。この世のあらゆるものが目に入らなくなります。

A.C.ウェルチは「人は自分の障害で何かをもって満たそうとする」と言っています。
聖霊様を能力や賜物で理解する人は多いが、一人の人格者としても見るべきです。

エゼキエル37章では枯れた骨に命を与える主が描かれています。今の自分が枯れた人生であるなら潤いを与えてくれる聖霊様が必要です。

人間の能力ではなく高いところから望み力を与える聖霊様が臨在するまで待っていなさい。鈍行列車が先に出ても後から出た特急や新幹線が追い越すように、遅く出発しても聖霊様が伴えば働きが違います。ペトロも聖霊様のパワーでメッセージをして3000人が一気に悔い改めました。

★ハットポイント
年齢を重ねていくと、いろいろあせることが多くなってくる人生でもありますが、聖霊様が伴えば一気に加速することも可能ですので、まずは、聖霊充満になることを求める必要がありますね。

2012年5月26日土曜日

聖殿を支えるために

■2012/05/26

■ヨハン教会 QT
■歴代誌上 24:1-31

★黙想
ダビデは聖殿建築の前に祭司の組織を定め誰が受け継ぐかくじ引きで決定しました。建築前から主の働きをする人々の体制や心の備えをしました。

★適用
聖殿のために祈るだけではNG、聖殿を支える人々が起こされるように祈りましょう。また、各教会から支援する者が起こされるように祈ります。自分自身もその一人となれますように。


最大の病気-高慢病


■2012/5/26
■ヨハン教会 土曜礼拝
■Ⅱコリント 12:1-10


病気にはいろいろありますが、高慢の病気がもっとも重い病気です。病状はたくさんあります。一見、謙遜だと思える場合でも高慢な場合はたくさんあります。信仰ある人が高慢になると一番大変であり、ときには主から捨てられることがありえます。


小さいことから感謝しましょう、生きていて感謝、食べられて感謝、住む場所があって感謝、眠られて感謝、そうでなければ大きなことには感謝できません。行き詰まりのときでさえ感謝します。


Ⅱコリント12:10 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。


無視・無関心で配慮がない人が多いです。人のことを考えましょう。祈りは主の命令です。祈りを続けましょう。
忠誠を尽くした人、祈りを多くした人、献金を多くした人は高慢になりやすいですので。注意が必要です。


★ハットポイント
高慢が神様にとって最も大きな敵であり悲しまれることですね。特に気づかないで無意識的でいる高慢はなんとかして気づいて悔い改めなければなりません。会社でもよく最近の若手が、おまえは上から目線だと叱られていますが、自分で気づいていない高慢とはけっこう多いものです。それらに気づいて行動と言葉を変えられるように祈ります。

2012年5月25日金曜日

他部署の仕事にも関心を持つ


■2012/05/25
■ヨハン教会 QT
■歴代誌上 23:1-32

★モーニングチャペル
レビ人の任命に当たっては主に忠実であることが問われました。私たちは現代におけるレビ人です。

★黙想
レビ人はそれぞれの役目を受け持って神殿をよく管理していました。清掃から物の管理まで細々としたことはすべてレビ人で行いました。誰かに外部委託して効率化したり楽をしようとする者はいなかったようです。むしろ、神殿で心を込めて仕えました。

★適用
現代の会社はあまりにも仕事や部署が細分化しすぎて特化しており、それぞれの社員は自分の領域の仕事だけしかやらないことが主流です。それぞれの営業マンや技術者はとても優秀です。私の会社の営業マンでも、本当によく気づいて、機敏に行動したり言葉をかける人がいて、見習うべき人だという人はけっこういます。しかし、それにもかかわらず会社全体としてはどこか停滞感を感じたりするのはなぜでしょうか?
社員が自分のごく一部の領域しか見えず他の部署の仕事に関心がないのが原因かもしれません。理想的には、社員が会社で必要なことをすべて分担して担当するといいかもしれません。例えば、開発、営業、企画といったメイン業務から、経理、人事、保守、警備、清掃といった裏方まで。そこまでできなくても、各サービスや企画が、誰によってどんな過程を踏んでどんな想いで作られており、またどんな人たちによって運用保守されているのか関心を持ち知ることで、商材ももっと心を込めて売りやすくなるでしょう。

2012年5月24日木曜日

10兆円の献金


■2012/05/24
■ヨハン教会 QT
■歴代誌上 22:1-19

★モーニングチャペル
ダビデの悔い改める姿勢を見習いましょう。二度と失敗しない人は過去の失敗を心に刻んでいる人です。

Ⅱコリント6:16 神の神殿と偶像にどんな一致がありますか。わたしたちは生ける神の神殿なのです。神がこう言われているとおりです。「『わたしは彼らの間に住み、巡り歩く。そして、彼らの神となり、/彼らはわたしの民となる。

私たちは生ける神の神殿です。主から使命を与えられたものは怖れてはなりません。

★黙想
ダビデは主から神殿を建てるのがその子ソロモンであると示されたとき潔く従いました。10万キカル、今のお金に例えたら約10兆円台でしょうか、そんな大金を主にささげましたが、自分の名声にしようとしませんでした。
現代でもビル・ゲイツやロックフェーラーなど多くのお金を寄付しながら自分は全く目立たないようにしている富豪がいます。一方で、日本の富豪のほとんどは自分で資産を蓄えるだけで何かどこかに献金したり助けたりしたという話をほとんど聞いたことがありません。

★適用
祈っても主から待てあるいはNoと示されるなら潔く従うこと、それですねないで他の人が偉業を成すとしても良く備えることが大切です。
私のやりたいこと、祈っていること一つ一つに主がどうすべきか教えて下さるように、他の人がやるべきなら惜しまず助けるようにしよう。
日本でも潔く献金しそれを全く誇らない信仰の富豪が現れることを祈ります。

2012年5月23日水曜日

マイナスからプラスへ


■2012/05/23
■ヨハン教会 QT
■歴代誌上 21:18-30

★モーニングチャペル
ダビデの人口調査は自己満足であり、自分がどれだけ偉くなりどれだけ勝利を収めたのか数えたくなって、主から罪とされ罰を受けました。

エブスのオルナンの麦打ち場は、モリヤ山でアブラハムがイサクをささげた場所、ソロモンにより神殿が築かれれることになります。


★黙想
罪を犯しましたが悔い改め祭壇を築くことで新たな主との交わりの場所となりました。罪の悔い改めは主の大きな祝福と新たな出発を伴います。マイナスからゼロではなく、マイナスからプラスへと逆転されるのが神様です。

★適用
私と両親との関係、両親と主との関係、私と主との関係、これらが今もしマイナスならばプラスに逆転させて下さるように、もし憎しみがあるならばそれが愛に逆転されるように祈ります。

2012年5月22日火曜日

主は高慢を一番嫌う


■2012/05/22
■ヨハン教会 QT
■歴代誌上 21:1-17

★モーニングチャペル
サタンの誘惑パターンは、物欲、権威欲、偶像礼拝です。現代でも人の数を数えることはよく行われますが、なぜ人口調査が罪になるのでしょうか?
ダビデは主が自分を無の立場から立ててくださったことを忘れて、高慢になり、軍隊がまるで自分のものであるかのように考えて、自分がどれだけ強いのか調べようと思い人口調査をしたからです。


罪を犯したならば、主の御旨に託するのが最も弱い罰ですみます。愛の心により主は私を憐れまれます。間違いは言い訳せずに悔い改めることです。


★黙想
人はいつでも高慢になり罪を犯し得ます。完璧なほどまで謙遜で勇敢だった少年ダビデも年老いて安定したらこのようになりました。
ダビデの姦淫の罪は歴代誌には登場しません。ダビデの悔い改めのために主は赦して下さったのでしょう。


★適用
信仰生活を長く送ってもすきを狙うサタンに対して常に霊的に目覚めて祈り身を守らなければいけません。姦淫よりも高慢の罪のほうがもっと重いようで、人口調査の罪では7万人の民が打たれました。特に高慢には注意して悔い改めなければなりません。

2012年5月21日月曜日

完全な勝利

■2012/05/21
■ヨハン教会 QT
■歴代誌上 20:1-8

★モーニングチャペル
主なる神様は私たちの行為を見ておられます。善意をもって行えば善意で報いられます。
ヤコブ1:10  また、富んでいる者は、自分が低くされることを誇りに思いなさい。富んでいる者は草花のように滅び去るからです。


アンモン人はいつも相手を疑って自分が常に正しいと思っていました。アンモン人は豊かであったためお金に頼りました。


★黙想
イスラエル軍は敵対する勢力を放っておくことなく倒すか和解するか決着が付くまで戦い主の国の安全を確保しました。


★適用
サタンとの戦いでは中途半端な解決ではなく完全な勝利を目指すことが必要です。

2012年5月20日日曜日

聖霊降臨


■2012/05/20
■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
■タイトル: 聖霊降臨の確かな約束
■ヨハネ 16:1-15

クリスチャンの危機、信仰の危機の時代、ポストモダニズムですべてが相対的な時代にあって、絶対的なキリストをもって戦います。霊は思慮分別の霊です。

霊という言葉は日本にもたくさんありますが、何がキリスト教の主なる神からの霊でありそうでないのか考える必要があります。ジブリ作品に登場するものも日本古来の霊に関するものです。

7節では、主が去るのはあなたがたのために有益となります。聖霊が来られるからです。
旧約時代、主は天におられ一部の預言者のみが交流可能でした。
聖霊降臨後の主イエスの働きは加速し、ペトロを通して3000人が救われました。

聖霊様が与える9つの実のうち最初の3つが神との関係、次の3つは対人関係、最後の3つは自分自身に関するものです。

2012年5月19日土曜日

葛藤が起こらないようにするのは悪い癖


■2012/5/19
■ヨハン教会 土曜礼拝
■歴代誌上 17:1-16


恵まれたならHowToがなければいけません。日本の多くの教会では御言葉で恵まれることがありますが、その後のHowToがありません。実際に私がどうしていくのか方法と決断がなければなりません。
苦難や迫害があるときには負担ではなくチャンスとして考えます。神様中心に考え、神様の名が侮辱されているときはそのために立ち上がります。
ソロモンは1000頭の焼き尽くすささげものを捧げました。本来は一頭でよいのですが、1000頭捧げることで主なる神様への心を示しました。ジョン・ワーナー・メーカーも10分の9の献金を捧げました。
葛藤をなくそうと葛藤が起こらないようにするのは悪い癖です。人生は葛藤がつきものですので、葛藤と向き合っていく必要があります。
「言葉は神であった」と御言葉にありますが、言葉には、思想、考え、御旨がすべて入っています。御言葉で満たされて真理の人になりましょう。


★ハットポイント
確かに私たちは葛藤から逃げようと、葛藤が起こらないように無難な人生を送ろうとする傾向があります。そればかりでは、葛藤はなくなるかもしれませんが、主の大胆な証は起こりません。あらゆる葛藤の中でも主が働いて下さると信じて向かっていく必要があるのですね。

2012年5月13日日曜日

親孝行


■2012/05/13
■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
■タイトル: あなたの両親を敬いなさい
■マルコ 7:8-14、エフェソ6:1-3

韓国にある親孝行の逸話があります。
あるところに貧しい家庭の母と子がいました。王様が近くを通られるとき王様の姿を拝見するのが母の楽しみでしたが、足が不自由なために自分ではそれができませんでした。そこで、息子は母親を背負い王様が通る前に行って、母が王様の姿を見られるようにしました。その母子の姿を見た王様は後で王宮にその母と子を呼びました。その親孝行の姿に対して金銀のほうびを与えました。
一方、それを知った不良息子は自分も金銀をほしいという欲望から、母親を無理やり背負い王様が通る前に行きました。王様はその不良息子と母親を見て後で王宮に呼び、同じように金銀のほうびを与えようとしました。そのとき、側近の者が王様に、あの者は実はとんでもない不良息子でありほうびが欲しいから母親を背負っていたのだと忠告しました。しかし、王様は、他人の真似でも良いから親孝行をするのは良いことではないかと言い、同じように金銀のほうびをとらせました。

聖書では旧新約で183回、親を敬うように言われています。それは、主の強い御旨であり命令です。
ヨハネ2章のカナの婚礼を見ますと、まだイエス様が働かれるときではありませんでしたが、ぶどう酒がなくなって困っている母親が来ましたので、水をぶどう酒に変える奇跡を行いました。

エサウは両親の話を聞かずに勝手にしましたがヤコブは両親に従い、イスラエルの家系となりました。

両親へは服従ではなく従順が必要です。強制されてではなく心から敬うことです。ギリシャ語では「ティマ」といい144回書かれています。両親の実際的な必要を満たしましょう。

詩篇92:15「白髪になってもなお実を結び/命に溢れ、いきいきとし」
とあるように、老人でも何でもできます。ソクラテス、プラトン、ベーコン、ミルトン、ウェスレーみな高齢になってから偉業を成し遂げました。

★ハットポイント
韓国の逸話は面白いですね。たとえ不純な動機から出たとしても、結果として親孝行になるのであれば良いという発想です。そのくらい親孝行はしましょうということですね。

2012年5月6日日曜日

家庭の円満


■2012/05/06
■ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
■タイトル: 家庭の円満は全てを良く導く
■詩篇 127:1-128:6

家庭が良ければ万事が益となります。
アメリカの企業も家庭第一を考え始めています。

家庭の主人は主であり、主が伴わないといけません。
問題の子供はいません。問題の両親が子供に悪影響を与えるのです。

ジョナサン・エドワードとマックス・デュークという主に従った者と逆らった者の二人に関する話があります。十八世紀、ニューヨーク州に、ジョナサン・エドワーズとマックス・ジュークスという二人の男が住んでいました。
ジョナサン・エドワーズは主に従い、大リバイバルを導いた人でした。彼の子孫から729人が生まれ出ました。その子孫を調べてみると、内、300人が伝道者や宣教師になって主に仕え、65人が大学教授となり、13人が大学の学長になり、60人が素晴らしい作家になりました。また3人が国会議員になり、その内のひとりが副大統領にまでなりました。ひとりの人が暗闇から光に区別された時、後々、子孫が祝福されます。
一方、マックス・ジュークスは、神様の働きに敵対しました。イエス・キリストを信じても何の徳もないと反発しました。それで、彼は同じような考えを持った人と結婚しました。それで18世紀から今世紀に至るまで、彼の子孫が増えていきました。マックス・ジュークスを通して、1026人の子孫が生まれました。それらを調べてみると、家系の中で300人が早死にし、不幸な死を遂げました。そして、100人が平均13年刑務所で生活を送りました。また、190人が売春婦となり、また100人がアル中でした。マックス・ジュークスの家系の中で、社会的に貢献した人は見あたりませんでした。

教育は一方的に教えるものですが、訓練は実際的に実を結ぶようになります。
すべての祝福は「おそれ」に通じます。
家庭が正しくなければ上の立場になれません。聖書で成功した人物は皆、両親と家庭を大切にしており、失敗した人物は両親を大切にしていません。アメリカの大統領であったアイゼンハウアーの母は、御言葉を暗記しなければ子供に食事を食べさせませんでした。

原罪と人間の本質

■2012/5/6
■ヨハン教会 聖書勉強
■世界史

アダムとエバが最初に犯した罪で、神と人との完全な関係を破壊しました。

神が食べてはならないと命じた善悪の知識の木から取って食べたことは罪ですが、ここには人間の本質的な罪性の問題が隠されています。
神は、人に次のように言われました。すなわち、一つは、すべての木から取って食べなさいという許可であり、もう一つは、善悪の知識の木からは食べてはならないという禁止でした。
主なる神は人に命じて言われた。「園のすべての木から取って食べなさい。
ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」(創世記2:16-17)
つまり、人が食べてはいけないのは、善悪の知識の木の実だけであり、その他のすべての木の実は食べてよいものでした。その中には、命の木(創世記3:22)も含まれます。人が命の木から取って食べ永遠の命を得ることを神は許されていました。しかし、人は食べても良い命の木を取って食べることなく、むしろたった一つだけ食べてはいけない善悪の知識の木から取って食べてしまうのです。
まず女が蛇から誘惑を受けました。
主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」(創世記3:1)
神が人にすべての木から取って食べてはいけないと禁止したかのように、蛇は女の心を揺さぶります。禁止されたことはたった一つだけであるにもかかわらず、すべてを禁止されたかのような感覚を抱きます。神が自分たちを束縛しようとしている考えがあり、ここには神への反発心が潜んでいます。現代でも人間は実際、人からたくさん良いことをされたとしても、一つでも気にいらないことがあると、それを根に持って反発したりその人に対して否定的な感情を抱くことがよくあります。
蛇の誘惑に対して女は答えますが、その答えは神の命令とは違うものになっています。
女は蛇に答えた。「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」(創世記3:2-3)
神が命じられたことは、食べてはいけないということだけですが、女は、触れてもいけないと加えています。蛇の誘惑に陥って神に対する反発心を強めた女は、次の蛇の言葉でだまされて、善悪の知識の木から取って食べてしまいます。
蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。(創世記3:4-6)
ここで蛇が誘惑に使った決定的な言葉は、「目が開け、神のように善悪を知るものとなる」でした。神のように善悪を知るということは、つまり、神がいなくても自分がすべてを知っている、自分が神になるということに発展します。
現代でも自分は神であると自称する人が数多くいますが、本当の神を差し置いて自分が神になりたいという欲望はアダムとエバの時代から内在していました。自分が神のように振舞うことは神が最も忌み嫌われた罪です。
アダムとエバは善悪の知識から取って罪を犯しましたが、もしここで悔い改めて神に赦しをこうたら赦してもらえたかもしれません。しかし、人はそのことを隠そうとし、隠せないとわかると、男は女に、女は蛇のせいにします。つまり、うそをつき、さらに責任転嫁するという罪を重ねます。
主なる神はアダムを呼ばれた。「どこにいるのか。」彼は答えた。「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。わたしは裸ですから。」神は言われた。「お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」アダムは答えた。「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」主なる神は女に向かって言われた。「何ということをしたのか。」女は答えた。「蛇がだましたので、食べてしまいました。」(創世記3:9-13)
結局、人は神から罰を受け、労働の苦しみと産みの苦しみを味わうことになります。人だけでなく、土も呪いを受け、自然や動植物を苦しみを負うことになります。また、罪を犯す前は許可されていた命の木から取って食べることもできなくなります。
主なる神は言われた。「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。」
(創世記3:22)
人は罪を犯すことで、本来、許可されていたことも神から禁止されてしまいます。
原罪とは、単純に善悪の知識の木から取って食べたことに限らず、それ以前から人が持っていた、神に対する反発心、自分が神になることへの欲望が大きな罪といえるでしょう。