2012年1月26日木曜日

仕事に必要な要素(福音書から)

1. 実力

実力がない人の後は誰もついていかない。

・確信にあふれた言葉
マタイ 7:29 「彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。」
・頑健な肉体 大工の仕事で鍛えた屈強な肉体
・誰とでも分け隔てなくつきあう社交性
マタイ 9:10 「イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。」
・ユーモア
マルコ 10:15 「はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」
・交渉力
ヨハネ 4:10 「イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」」
・数々の奇跡、他


2. 情熱、努力

マタイ 5:41 「だれかが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。」
マタイ 16:25 「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。」

ヘンリー・フォード
「安く作って、アメリカ中の家庭が車を持てるようにしたかった。そのためにすべてを捨て、へとへとになって自動車という言葉を聞きたくないと思うようになるまで働いた。」
その仕事のために一生を捧げる。

一時の成功をおごり高ぶる愚か者にならない
ルカ 12:16-21


3. 忠実、誠実

マタイ 20:26-27 「しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。」

世界最大の自動車会社は、他社よりもサービスを良くする。厭うことなく、客先に出向き車の下にもぐり、喜んで修理する。

・あるアメリカ州知事の例(「7つの習慣」より)
仕事をせず毎日家事に精を出していた、気前がいいことで定評のある主夫があるとき州知事選挙に推薦され州知事となった。すると、家事しかできない奴がなぜ州知事になるんだと批判するものがいた。だが、よく考えてみると、家事すらまともにできない人がどうして州の政治を指揮できるのだろうか?小さなことに忠実なものは大きなことも忠実にこなすのである。

上司はたいてい朝は人一倍出勤が早い

・神様に忠実に従う
申命記 11:13-32、28:1-68

・職務をまっとうする
マタイ 26:39 「少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」



参考文献
・"The Man Nobody Knows - A Discovery of the Real Jesus"「誰も知らない男」 Bruce Barton 著
1920年代にアメリカで出版され大ベストセラーとなった。当時の邦訳は「イエスの広告術」

・"The Seven Habits of Highly Effective People"「7つの習慣」  Stephen R. Covey 著

2012年1月25日水曜日

神様の計画と人間の計画

■2012/1/25
■QT
■ルカ 2:39-52

ルカ 2:43 祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。
 2:44 イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、
 2:45 見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。

★考察
今まで何度も読んできた箇所ですが、今回読んでふと思いました。なぜヨセフとマリアは少年イエスが一緒についてきていないのに気づかなかったのでしょうか?普通の親であれば、帰る前に一緒にいることを確認するはずですし、途中、話したりもするでしょうから、一日も気づかないというのは、かなり変な気がします。親類や知人を含めて大勢で旅をしていたのかもしれませんが、それでも自分の子供がいるかどうか確かめない親はなかなかないでしょうか。ヨセフとマリアはおそらく真面目な夫婦であったから、なおさらそのあたりは気を配りそうな気がします。
そこで考えてみましたが、主がヨセフとマリアに気づかないようにさせたのではないでしょうか?もし少年イエスが神殿にいるのに気づけばすぐに連れていってしまうだろうから、あえてそうしたのかもしれません。もちろん、これは私の想像にすぎませんが、このとき少年イエスが神殿に行くことが神様の計画であったのですが、人間はそれを理解できなかったのだと思います。

★適用
私は祈り自分の人生の計画を思い描いていますが、神様の計画は全く違うのかもしれません。私が自分の考えに固執して神様の計画がわからないとき、ときに私の目を見えなくして、主の計画が実行されるようにしておられるのでしょう。不可思議な現象や事件が起こるとき、そこに神様のご計画があったのかどうか祈りながら悟りたいです。

2012年1月1日日曜日

悔い改めとは

■2012/1/1
■ヨハン早稲田キリスト教会 主日1部礼拝
■マルコ 1:1-15

全米で最大級の教会ハーベスト・クリスチャン・フェローシップの主任牧師であり、同時に全米最大級の伝道集会ハーベスト・クルセードの大衆伝道者でもあるグレッグ・ローリーは、悔い改めを次のように述べています。
「悔い改めとは自ら進んで変化が起こるのを受け入れ、神が悲しませるようなことを避けることです。」

人間の罪性は変化を拒むことにあります。罪にまみれた自分の生活を変えたくないのです。悔い改めとは、主を悲しませるような、変化を受け入れこの罪の生活から離れることです。

★ハットポイント
言葉で「悔い改めます」と宣言するのが悔い改めではなく、実際に自分が変化し罪から脱却することが悔い改めなのですね。「悔い改めます」と言うとき、それは「私は変化します、神を悲しませる生活から脱却します」という宣言と同じであり、そうなる必要があります。なんか簡単には「悔い改めます」と言えなさそうですが、信仰によりそう宣言して変われるように祈り、本当の悔い改めに挑戦します。