2013年12月31日火曜日

クリスチャン青年の生き方

◼2013/12/31
◼特別講義4
◼タイトル:クリスチャン青年の生き方

★メッセージ

我々をクリスチャンとして立てて下さったのは、それぞれ、聖書日本、聖書韓国、聖書中国となるためですから、自分の国を愛さなければいけません。自分の国の利益ばかり願うのではなく、日中韓の平安を願うPeaceMakerにならなければなりません。指導者のために祈らなければ神様に不従順していることと同じです。なぜ神様にとって日中韓が大切な国なのか
イザヤ書19:23ー25 イスラエルとエジプトとアッシリアは関係が悪かった国ですが、主がこれらの国を一つにしました。日本、中国、韓国は互いに力を合わせて正しく国を導かなければいけません。もし各国が仲互いするならそれに反対してデモを起こさなければいけません。三国の平和のために私が何をすれば良いか主に聞いてみて下さい。
会社生活や勉学生活の中でどうやっていつも主を崇めれば良いのでしょうか?目が覚めるときにはいつも三位一体の神様を崇めるようにならなければなりません。
Radicalとは急進的なという意味ですが、その語源Radは根っこという意味であり、最も基礎に忠実に従うクリスチャンが主の急進的な弟子となりうるということです。スマートフォンやテレビに触れる時間よりも神様といる時間をもっと増やさなければいけません。たくさんの働きをするのではなくもっと主と深く交わることが大切です。

クリスチャン青年のビジョン

◼2013/12/31
◼特別講義3
◼タイトル:クリスチャン青年のビジョン

★メッセージ

ローマ14:17 神の国は飲み食いではなく聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。
神に対するビジョンがなければ個人個人も弱くなり教会も弱くなります。箴言ではビジョンがなければ民が滅びると言っています。個人の問題ばかりにとらわれすぎると教会が弱くなります。
最も重要なのは正義です。平和を立てることではなくまず正義を求めることが平和に結びつきます。サタンに治められていると人間性も発揮することはできません。主はイエス様を送られサタンの統治を破壊されました。すでに神の御国が臨んでいるのですが、なぜ平和がないのでしょうか?なぜ罪に満ちているのでしょうか?私たちはすでにといまだにの間の緊張感に生きています。
クリスチャンはすでに神の国の平和の中にいますが、一方で、霊的な激しい戦いの中での疲れもあります。そのときは霊的に再生されて戦わなければいけません。これは必ず勝つ戦いです。
家庭を豊かにして下さい。日中韓ではあまり主に喜ばれる家庭とはいえません。どのようにしたらより経済的に豊かになるかばかり考えており地獄のようなところもあります。キリストの平安が家庭に満ち溢れるように期待しましょう。主は特別な計画を持って日中韓のそれぞれの国を作られました。自分の国を良く愛さなければいけません。ただ、他の国に危害を与えてまで自国を愛することはいけません。

経済的な利益を追求する国は神の国ではありません。正義を追求する国が神の御国です。
アジアではお金や物質の価値観が基礎となっていますが、ヨーロッパでは聖書的な価値観が基礎となっています。さらに、宗教改革を体験した地域とそうでない地域とでは違いがあります。それはサッカーの試合の方法にも違いが現れます。イギリスではフェアプレーを第一としますが、イタリアではタックルが多く相手をだます試合が多いです。
聖書的な国は知恵と知識がある国です。多くの国において指導者たちに知恵と知識が足りなくて滅びてしまいました。
聖書的な国家は祈りが答えられる国です。そして、正義と秩序の上に立てられた国です。神の国の人はどこに行っても閉ざされた扉を開くキーパーソンとならなければいけません。
神様に身を捧げないことによる恥ずかしさを覚えて下さい。
クリスチャンが果たすべき責任は個人的にも共同体としても世界宣教です。神様の宣教の対象は個人および国家です。霊的な部分だけでなく肉体的な部分も神様の対象です。

ダビデの信仰の祈り

◼2013/12/31
◼断食祈祷会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:詩篇28:1−9

★メッセージ

自分の子供に王位と命を追いかけられているダビデの祈りでありひどく大変な状況です。自分が産んだ子供に狙われることがどれほどつらいことでしょうか。絶体絶命の状況でありますが、たいていは怒りがこみあがってきてその感情で支配されて、ただ嘆き怒り暴言を吐いて、さらに悪いことには周囲の人々に当たりながら解決しようとします
ダビデは感情的ではなく信仰的に解決しようとします。主からの救いを求めて叫び求めます。至聖所に向かって手をあげて祈ります。ヨハン教会の信徒たちも、大変なことがあるときに教会に来て講壇で祈る人がいます。
人に何度も相談したらしつこいために嫌がられることもありますが、主は何度叫んでも聞いて下さいます。痛いところには手を置いて祈って下さい。それは主の手だと信じて祈って下さい。
最後は感謝で祈りを閉じます。まだ問題は解決されていませんが信仰で祈りに答えて下さったと信じて感謝して祈ります。

聖霊の力

◼2013/12/31
◼聖会3
◼聖書箇所:使徒言行録1:4−8、2:1−4

★メッセージ

心の病で最も大きいものは人を赦せないことです。
ダニエルやエリヤに降った聖霊は私たちに降った聖霊と同じですが、なぜその働きが異なるでしょうか?ダニエルのようにすべて正しく生きたでしょうか?パウロのようにすべて妥協しないで主のために生きたでしょうか?私たちの心の動機の問題です。
証人は殉教者の代名詞です。イエス様に栄光を帰すために行きます。与えられる富や祝福は結果であって目的ではありません。聖霊に9つの実は聖霊の判断によって下さいます。聖霊の力によらないものは騒がしいだけです。
聖霊の力をいただくにはどうすればよいでしょうか?第一に聖霊を誤解してはいけません。第二に告白しなかった罪があってはなりません。聖霊の最も嫌われるのが性的な堕落です。

2013年12月29日日曜日

ダニエルと三人の友人の信仰

◼2013/12/29
◼聖会1
◼聖書箇所:ダニエル9:3−23

★メッセージ

ダニエルは小さなことから徹底的に御言葉を守る人物でした。
バビロンのネブカドネツァル王は優秀な少年を集めてエリート教育をしていました。ダニエルと三人の友人の信仰の基準は非常に高いものでした。他にもユダから来た少年がいたと思いますが、バビロン王国の子供たちをもっと優遇したでしょう。王は自分がとる食事を少年にも食べさせようとしました。しかし、ダニエルたちは異国の神に捧げられ食べ物としてそれを食べないと決心しました。三日坊主ではありません、確実な決断です。
能力が高い人はそれを悪用して弁明して自分の利益を目指す人が多いですが、ダニエルと友人たちは主のためにその賜物を用いました。キリスト教は道徳・倫理ではなく、人生の歩みそのものです。
キリスト教は主との関係の内容です。

悔い改め、赦し、感謝で締めくくりましょう

◼2013/12/29
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:コロサイ3:5−17
◼タイトル:悔い改め、赦し、感謝で締めくくりましょう

★メッセージ

30倍、60倍、100倍、1000倍の祝福があるように期待しましょう。1000倍という言葉は聖書に6回登場します。

1.残さず悔い改めましょう。
コロサイ3:5 みだらな行い→性的なみだらな行いだけに限らず悪い友達との交流など霊的な悪い行いも含まれます。偶像礼拝は主が最も忌み嫌われるものです。3:8 口から出る恥ずべき言葉を捨てなさい。クリスチャンが犯す罪で最も多いものは口で犯す罪です。口は天使もうらやむほどの福音を伝える素晴らしい器官ですが、一方で人をあざけったり主を冒涜したりの罪も犯しえます。
イザヤ59:1−2 主の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのではない。むしろお前たちの悪が神とお前たちとの間を隔てお前たちの罪が神の御顔を隠させ
ルカ3:8 悔い改めにふさわしい実を結べ。悔い改めとは実を結ぶまで徹底的に悔い改めて行うものです。3:9 良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる

2.残さず赦して新年を迎えましょう
3:12−13 互いに、責めるべきことがあっても赦し合いなさい。
99%赦したが1%赦さないということがないようにしましょう。特に親兄弟や親戚が赦せないことが多いです。いつも険しい顔の人は喜ばれません。赦す人はみな美男美女となります。
自分自身も赦し認めましょう。祈る時も赦さなければ答えられません。マルコ11:25 誰かに対して恨みに思うことがあれば赦しなさい。
そうすれば主が赦して下さいます。
赦す者には主が幾千代にも及ぶ祝福を与えてくださいますが、赦さない者には3代、4代までも呪われます。

3.すべてを主の中で感謝し、締めくくりましょう
シャロームはすべてが主の中で赦され清められ平安の中で感謝にあふれることです。
3:15−17 いつも感謝していなさい
コロサイ2:6−7 教えられたとおりの信仰を守ってあふれるばかりに感謝しなさい

2013年12月23日月曜日

一つも罪がないイエス様

◼2013/12/23
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:サムエル記下7:8−17、ルカ1:26−38

★メッセージ

ダビデは主に大きく祝福されましたが、その後、イスラエルとユダに分裂しました。ユダはダビデ家は永遠に続くとおごり高ぶりましたが、結局バビロンに滅ぼされました。それから長い間が経ち、ダビデ家の家系であるヨセフを通して、救いの御子イエスキリストが生まれます。当時のダビデ家の末裔には王朝の面影はなく貧しく名もない存在であり、ナザレから大いなるものが出るだろうかと言われていたくらいでした。しかし、主は約束を必ず果たされる方であり、どんな貧しく厳しい状況からも導かれ勝利を与えられます。
イエス様は弟子たちと生活を共にしながら弟子たちに教えられました。弟子たちと親密な関係になりながらも、弟子からは一つも罪を指摘されませんでした。完全に罪がないお方だったからです。表面的な関係であれば気になりませんが、通常、関係が深くなればなるほど相手の欠点が見えてきます。私たちは自分の目の中の丸太に気づかず相手の目のおがくずを指摘しまうような罪人であります。しかし、イエス様は一つも罪がなく弟子たちにしめされました。

2013年12月22日日曜日

主に栄光、地には平和!

◼2013/12/22
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ルカ2:1−20
◼タイトル:主に栄光、地には平和!

★メッセージ

イエスキリストの生誕の正確な日はわかっておりませんが、AD300年ごろ全世界のリーダーたちが集まって、クリスマスを12月25日にしましょうと決定されました。

1.イエス様の誕生は歴史的な事実です
イスラエル地域では当時確かに人口調査が行われました。自分の生まれた場所に戻り住民登録をしなければなりませんでした。ヨセフの故郷はベツレヘムでありベツレヘムに戻ります。ダビデの故郷はベツレヘムでありダビデの直系であるヨセフもベツレヘムで登録します。イエスキリストはダビデの子孫から生まれるという預言は旧約聖書に多くあります。
馬小屋の飼い葉桶でイエス様が生まれたというのは、最も貧しく最も身分が低い形で生まれたということです。どんなに貧しい人も身分の低い人もイエス様の誕生よりは恵まれており弁解できないのです。神が人になられて飼い葉桶に寝ている、これが神様の神秘です。
聖書の登場人物の中で成功した人々はたいてい朝から活動した人たちでした。夜が強いが朝はダメという人はたいてい堕落した人々です。

2013年12月19日木曜日

カレブの信仰を見習い本質的に変わる

◼2013/12/19
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:ヨシュア14:1−15

★メッセージ

本質的に心の底から変わらない限り年が変わっても同じ生活を繰り返します。2013が2014に変わるだけです。
枝切りをしなければいけません。先週のメッセージから一週間経ちますが、何か切り捨てた枝はあるでしょうか?御言葉を聞いても枝を切り落とさずに変わらなければ意味がないことになります。人には習慣的な罪があります。深く根をおろし縛り付けています。
年末のメッセージにふさわしい人物がいます。カレブはこのとき85歳でした。通常の85歳ならばもはや力がなく夢もあきらめてのんびりと暮らすものです。しかしカレブはその年にしてなお燃えていました。今年できなかったからできなかったでいいやではなく、来年こそやろうという意気込みを持って臨んでいくならば祝福されます。
カレブは決して一つも劣るものではありませんでしたが、モーセはヨシュアを後継者として立てました。ここで人は同僚が上に立てられたら葛藤しもがいたりするものですが、カレブはそんなことはまったく気にもとめませんでした。45年前の神様からの約束を覚えていたからです。必ずへブロンの地をカレブに与えるという約束でした。へブロンの地は最も強い民族であるアナク人が住んでいた場所ですが、カレブは私に侵略させて下さいと力強く願います。状況や環境が良くないからといって決してひるみません。
12節 主が私と共にいてくださるなら必ず与えられると確信しています。
主にかなわないなら何をやっても無駄であります。どんなに一生懸命に働いても主の御心にかなわなければすべてなくなってしまいます。一年間、一生懸命やったのに結果がなかったのはなぜでしょうか?主に喜ばれなかったものがあるか振り返り悔い改めて下さい。主の名によって始めたのに結局主の心にかなわないことは最も怖いことです。

2013年12月15日日曜日

割礼および清めの期間とシメオンの賛歌

◼2013/12/15
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ルカ2:21−33
◼タイトル:割礼および清めの期間とシメオンの賛歌

★メッセージ

第一にイエスキリストはすべての律法を守られました。ルカ2:21-24 割礼および清めの期間を、イエスキリストも律法どおり受けました。男の子は生後8日目に割礼を受け、生後33日目に聖殿で清めの儀式を行います。女の子は生後66日目に清めの儀式を行います。
イエスキリストは律法を一つも守る必要がない方でした。イエスキリストは完全であり一つも罪がなくまったく律法にしばられる必要はありませんでしたが、律法を忠実に守られたのです。私たちは生まれながら罪人であり本来主とは交わることのできない存在ではありますが、それゆえに主はすべての律法を受けることで私たちの側に来られました。
山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽を捧げるためと書かれていますが、ヨセフとマリアは相当に貧しい家庭であったと考えられます。イエスキリストは私たちのためにそこまで貧しくなられたのです。
マタイ5:19 律法の一つでも守らないように教える者は天の国で最も小さいものであるが、一つでも守るように教える者は天の国で最も大きいものです。

シメオンは祖国イスラエルが慰められるのを待ち望んでいました。イスラエルは約430年間、霊的な暗闇の中におり世の中は戦争の連続でした。ローマをはじめその時代の為政者から支配され苦しめられました。各国から侵略され奪われるという歴史の連続でした。
聖霊に満たされている人は自分の祖国を真に愛することができます。クリスチャンだけが真の愛国者です。そうでない人は結局は自分の利益のために国の発展を願っているだけであり、自分の利益と相反すれば愛を失います。
第一コリント2:10−12 聖霊は一切のことを神の深みさえも極めます。聖霊によって神から恵みとして与えられたものを知るようになりました。
約束されたただ一つしかありません。神の御子イエスキリストが受肉して来られました。我々はすでに救われいつ主が再臨されても大丈夫ですが、シメオンのようにこの世に残されているのは、天使をうらやむほどの働き、すなわち一人の魂を救うための伝道に用いられるためです。シメオンが天の御国から我々を見る時、おそらくものすごく羨ましく思っていることでしょう。

万人のために整えて下さった救い、異邦人を照らす啓示の光、イスラエルの民の誉れです。
日本は福音化が遅れていると言われていますが、ヨハン教会の信徒である我々は、これから主が一気に成し遂げてくださると信じましょう。
35節 あなた自身も剣で心を刺し貫かれます。

2013年12月12日木曜日

実を結ぶ信仰生活

◼2013/12/12
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:ヨハネ15:1−10

★メッセージ

毎年12月になると私はこの一年間どのように信仰生活を送ってきたのか振り返る時になります。年始の祈祷会で祈ったわけですが、なかなかうまくいかなかったこともあります。実りがない理由はなぜでしょうか。ビジョンが明確でない可能性があります。
主は私たちは地の塩、世の光だとはっきりと示してくださいました。あなたがたの行いを見てあなたがたの天の父をあがめられるようになるためであると。職場、学校、家庭において主を示す生活をしなさいとおっしゃいます。それにもかかわらず、私たちの信仰にあいまいなところがないでしょうか。
答えは単純です。答えは常に基本的なところにあります。信仰とは主につながることです。生活のすべての領域において主につながっているならば必ず豊かな実を結ばせてくださると信じます。何を祈れば良いか何を行えば良いか聖霊様が豊かに示してくださいますので、聖霊の満たしが最も重要なことです。
私たちを罪に結びつけている枝があるならばそれを切れば生きることができます。枝切りをしなければ実を結ぶことができません。テモテニ2:3−4 キリストイエスの兵士は兵役に集中しようとします。私たちを絞り上げているこの世の罪から自由になりイエスキリストに関心を集中する必要があります。
ぞうきんを絞って放置すると乾いてこちこちになります。霊的にも乾いてはいないでしょうか。お金、職場での地位、豊かさではなく、霊的な満たし、シンプルライフを求めましょう。
ぶどうの木の特徴は支えが必要であり支えに寄り添って枝が延びていきます。ぶどうの木は決して建築材料にはなりません。ぶどうの木は価値はただその実を結ぶことにあります。よく実を結んだぶどうは、水々しいぶどうにも、干しぶどうにも、ぶどう酒やワインにもなります。

2013年12月11日水曜日

主の計画を信じましょう

◼2013/12/11
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:ヨシュア18:1−10

★メッセージ

残された7部族の生活に対しては主が計画を持っておられます。主はイスラエルの民をエジプトから導かれどこに定住するかをすべて計画を持っておられました。私たちの人生も同様であり最初から主が計画されています。その主の計画を信じましょう。
神様が選ばれた者にとって偶然というものはありません。決められた時と場所にすべてが整えられた最高のものを与えてくださいます。くじ引きをしたイスラエルの民は単なる運と思ったかもしれません。それは主によるくじ引きであり、主を信じる者が堂々とくじを引くことができました。
1950年ごろある老人が子供達のためにと思い聖書の中に当時5万ドルの小切手を残して亡くなりました。当時の5万ドルは現在では5000万円くらいでしょうか。しかし子供達は聖書を開きませんでしたので聖書の中に小切手があることを知らず、苦しい生活を送りました。聖書を開いて小切手を手にしていれば学校にも行き勉強しもっと豊かな生活ができたでしょう。苦しくてどうしようもなくなったあるとき、子供は聖書を開き小切手を発見し豊かに祝福を受けました。

2013年12月8日日曜日

マリアの賛歌

◼2013/12/08
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ルカ1:26−56
◼タイトル:マリアの賛歌

★メッセージ

1.選ばれたマリア
ナザレの町に遣わされたガブリエル天使長は乙女マリアのところに来ます。ダビデの子孫からメシアが生まれると言います。ダビデは人であり大きな罪を犯しましたが、真心から悔い改めたことが主に受け入れられ、このように主の栄光を受ける家系となりました。
喜びの天使長ガブリエルと戦いの天使長ミカエルがいますが、これらの天使たちは我々を守って下さっています。「おめでとう、恵まれた方」喜びの天使長は三位一体の神様と同じです。主イエスキリストは「わたしは世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる」と仰いました。
クリスチャンも罪を犯しますが、内在する聖霊様が罪を指摘してくださり、変な弁解をせず悔い改めれば祝福してくださいます。
婚約中に関係を解消することは当時は非常に恥であることでしたが、ヨセフはそれをものともせず、マリアを告発することもなくひそかに縁を切ろうとしました。ヨセフは普通の信仰者でなく主に選ばれるにふさわしい信仰の持ち主でした。

3.マリアの本格的な賛歌
47節のような主への賛美を捧げるとすべてがうまくいくようになります。不平不満がなくなりマリアのように喜びにあふれすべてのことに感謝できるようになります。クリスチャンには失敗がありません。すべては主の御手の中で導かれています。

2013年12月2日月曜日

信仰によって喜びましょう

◼2013/12/02
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:テサロニケ一5:16−24

★メッセージ

最後の月です。ドイツには、終わり良ければすべて良し、ということわざもあります。悔いのない実りある月となるように祈りましょう。

18節 どんなことにも感謝しなさい これが主がいつも望んでおられることです。前の節の、いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさいが実践できるときに、どんなことにも感謝できます。
ヨハネ15章はぶどうの枝と実について書かれています。枝の役割は実を結ぶことです。実がないイチジクはイエス様に呪われてしまいました。実とは内側の実りのことです。
クリスチャンは祝福されたことだけをただ考えてはいけません。喜ぶべき条件で喜ぶのは子供のような未熟なことです。どんな状況でも信仰によって喜びましょう。ヨハン教会の信徒たちも主にあっていつも喜ぶことを期待し祈ります。感情と環境で喜ぶのは人は内側に実りがなく主が残念に思う人であります。

次に祈り勝利のマスターキーであり、主なる神様へのホットラインであります。イエス様は朝早くから祈られました。疲れていてもモーニングチャペルの時間には目覚めると素晴らしいです。モーニングチャペルでは何かを求める祈りよりも父なる神様と交わる祈りが良いです。イエス様の祈りの中でも9割は父なる神様への感謝の祈りでした。
ヨハン教会のいくつかで聖殿を祈ってきました。本日はヨハン藤沢キリスト教会の入堂式があります。いろいろな建物を見ながら最終的に最も良い物件を与えてくださいました。大分、新潟、愛媛も恵みで与えられました。
聖殿が与えられるとき、そこに遣わされている主の僕の信仰を完成させるかのように試されます。

2013年12月1日日曜日

真の安らぎを下さるイエスキリスト

◼2013/12/01
◼ヨハン吉祥寺キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:マタイ11:28−30
◼タイトル:真の安らぎを下さるイエスキリスト

★メッセージ

私たちにとって安らぎはとても重要であり常に求めていますが、問題なのは求める安らぎはどこにもないことです。たとえ休んでも疲れます。バケーションシンドロームという現象があります。長期休暇で旅行に行ってきて家に帰ってくると疲れてしまい一日休む必要があったりします。
疲れとはギリシャ語では自らの問題によって負っている疲れのことです。重荷とは他人の原因によって負っているものです。負荷がかかって小さなことでも嫌になってしまうことがあります。部屋に引きこもったりします。自分自身も忘れ他人との人間関係もすべて切ってしまいたいという衝動にかられます。アメリカでは、国民の約5%がうつ病にかかっており年間3兆円の予算が使われています。
現代人は特に安らぎを楽しむことができません。自分が休んでいる間にも誰かが仕事をして自分を追い越していくのではないかという衝動にかられ、休むことさえできません。
あるピアニストは言いました。自分の弾く音符は他の人と全く同じものです。ただ違うのは、休符でどのように間をおくのか、それが私の音楽のポイントです。休符での間の取り方一つで音楽の世界が全く違ってきます。これこそ安らぎの美学です。
イエスキリストは真の安らぎを提供して下さいます。イエスキリストに癒された一人にサマリアの女がいます。何度も男と結婚しその挙句捨てられ周囲の人からも嫌われどうすることもできなくなった女でしたが、イエスキリストは彼女に話しかけ真の命の水を与えられました。他に癒された人にザアカイがいます。徴税人として豊かにはなりましたが、それで人々から煙たがられ背も低くコンプレックスがあった彼の家に来られ、彼の根本的な問題を解決されました。
イエスキリストはわたしは道であり真理であり命であると言われました。ヨハン教会の皆さん、イエスキリストのところに来て下さい。イエスキリストがあなたの重荷を担って下さいます。
また、わたしの軛を負いわたしに学びなさいと言われました。軛を負うということは、イエスキリストが共にして下さることです。

2013年11月29日金曜日

太陽を止めた神様

◼2013/11/29
◼ヨハン早稲田キリスト教会 土曜礼拝
◼聖書箇所:ヨシュア10:12−15

★メッセージ

太陽が動きを止め時間が止まったというのがこの箇所の話です。主はイスラエルの民のためどれほど御業を示しているでしょうか。聖書は恵みの宝庫であります。
この箇所について科学的に理解できないという人たちがいますが、むしろ科学的に解き明かすことができます。コンピュータにより計算した結果、この日ちょうど失われた時間があることが判明しました。
神秘主義に陥ってはいけませんが、この世に確かに主の神秘はあります。マリアも処女として子供を授かりました。アラムの軍隊が自分たちで殺しあって自滅したように、ヨハン教会関連でも、かつて牧師先生を攻撃した人々が自ら自滅してしまいました。
太陽をも止めることができる主であるならば、魂の心を開いてくださることを信じましょう。

2013年11月28日木曜日

主の軍の将軍として来られたイエスキリスト

◼2013/11/28
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:ヨシュア5:13−15

★メッセージ

ギルガルは主による贖いを意味しクリスチャンそのものであります。イスラエルの民は恵みでヨルダン川を渡りました。すべての悩み苦しみ、思い起こしたくないことをすべて清めてくださる、それがギルガルです。感謝の意を表しましょう。
そのようにヨルダン川を渡った直後、抜き身の剣を手にした男が立っていました。ヨシュアは「あなたは味方か敵か」と質問します。これは私たちの考え方の特徴を表しています。あなたは私にとって有益か無益か、味方か敵か。
この男は、味方か敵か言わずに主の軍の将軍であると答えます。主イエスキリストは受肉する前に少なくとも6回地上に来られています。おそらくこの男は主ご自身である可能性が高いです。わたしはあなたの味方になりうる者でありそうなりたいが、そうならないケースもあります。わたしはあなたの味方にも敵にもなりうるということです。人が主に従えば主は味方であるし、人が主に逆らえば主は敵になります。
履物を脱げとは、今までの自分の価値観を捨てなさいということです。
アブラハム・リンカーンは、我々が主の味方になれるように導いて下さいという祈りをしました。主が私の味方となりどこでも導いてくださるように願うのも良いですが、しかし、むしろ、私が主の御旨を悟り主の想いを行う者にならせていただくように祈りましょう。
スティーブ・ジョブスは「人間は誰であっても天才的な素質を持って生まれた」と言いました。それなのにどうしてそれを使わず平凡なアイデアしか考えないのかと言いました。

2013年11月27日水曜日

祈らない罪

◼2013/11/27
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:ヨシュア9:1−15

★メッセージ

イスラエルの民がエリコの城壁を崩し占領した事件を聞いてカナン部族は心が溶けるような怖さを覚えました。ギブオン人は戦っても勝ち目がないと思い賢く振る舞いました。彼らは協定を結ぶことを願いイスラエルはそれをなんとなく受け入れてしまいました。それが将来、イスラエル民族にとってとげのように厄介なものになります。クリスチャンは霊的に満たされようとするときサタンの攻撃が必ずあります。
当時のカナン族は非常に例的に堕落していました。動物と性的関連を持ったり戦争に勝つために自分たちの子供を火の中に投げて捧げたりしました。このような悪に染まった民族を完全に滅ぼそうと主は計画されました。
ところがギブオン人は完全に偽装して近づいてきました。これはサタンの騙し方と似ています。サタンは光の天使を装ってくるものであり完全に偽装してきます。光、天使、それぞれだけでも良いイメージなのに、両方を合わせもっているかのようにやってくるのです。
目に見えるものだけで判断しないように霊的な目を養いましょう。一番目として目に気をつけなければいけません。

8節 ギブオン人は自分たちはイスラエルの僕だと表現しました。ごますりにイスラエルの民族は完全に心が奪われてしまいました。二番目として耳に気をつけなければいけません。人間はたとえごますりとわかっていても言われると有頂天になってしまうところがあります。会社でもリーダーはごますりか本当かどうか見極めないといけません。異端は人間関係を通して侵入してきます。

三番目にイスラエルの民が祈らずに決めたことが最も大きな問題です。エリコとアイの戦いにおいてヨシュアはあれほど主により頼んできたにもかかわらず、ここでは全く祈らずにギブオン人の提案を受け入れてしまいました。どんな小さなことでも祈ることが大切です。祈らないことが罪です。パウロの勝利の秘訣は前の成功をすぐに忘れ次の戦いのために備えたことです。我々が伝道において素晴らしい主の御業があったとしてもそれはおいておき、次の働きのために備えましょう。

2013年11月24日日曜日

信仰の成熟を努めよう

◼2013/11/24
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ペテロ二1:5−11
◼タイトル:信仰の成熟を努めよう
        ペテロの手紙講解18

★メッセージ

1.信仰の品性を成熟させましょう
信仰の問題は内側の成熟にかかっています。ローマ帝国は外側からの攻撃により滅亡されたのではなく内部の堕落が原因でした。
エフェソ2:8−10、ヘブライ語11:1
5節 信仰には徳を、徳はギリシャ語ではアレイであり、キリストの品性に近づこうとするときその人に現れてくるキリストの品性を徳といいます。クリスチャンは小さなイエスキリストのような品性を備えましょう。次の知識はギリシャ語ではグノーシスといいますが、一般的な知識から神様の御言葉の知識まで含んだ知識をいいます。
ホセア6:3 われわれは主を知ろう。堕落した民たちに主を知るようにホセアが命じています。
クリスチャンになって御言葉が確かなものであるか生活の中で確かめながら確信に至っていくものです。
知識には節制をと書かれますが、知識がある人は通常高慢になりやすく罪に陥りやすいのです。ガラテヤの信徒への手紙に記載された聖霊による9つの実の一番最後が節制です。ある聖書学者は節制が最も価値ある聖霊の実であると考えています。
信仰生活には必ず忍耐が要求されます。歴史をみるとクリスチャンはあらゆる形を通して迫害を受けてきました。どんな迫害にあってもただイエスキリストを主としてより頼み少しもぶれないことが忍耐であります。
信心とはホーリネスであり、これらすべてを忠実に心に止め信仰生活を行う敬虔さです。
兄弟愛とはフィラデルフィアであり、信仰によって家族となった兄弟姉妹同士でよく励まし合い助け合うことです。ペテロ一3:8
最後の愛とはアガペーの愛です。これはイエスキリストしかできない愛でありますが、キリストの似姿に近づくことによって私たちも実践することができます。

8節 主イエスキリストを知れば知るほどますます内側が潤され豊かになり、信仰の器が大きくなり高くなります。
9節 しかし、キリストの御言葉に従わない者は間違いを犯しやすいです。
10節 少しも無理をしてでも信仰生活を正しくするよう努めましょう。そうしないと、罪に陥り自分で自分を苦しめる結果になってしまいかねません。

2013年11月21日木曜日

エリコの戦いの中に学ぶべき教訓

◼2013/11/21
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:ヨシュア6:8−27

★メッセージ

エリコの 戦いは単なる戦いではなく、主が選ばれた民が約束された地を占領していく過程であります。あなたたちの戦いはあなたたちのものではなく私、主が導くものであるというのが本編の趣旨です。あなたたちの人生の主人はあなたではなく主であるから主に任せなさいという意味です。
私たちの考えより主のほうがより遠くを見ることができます。人は皆自分は明日も生きていけると思っているかもしれませんが、実際明日どうなるかはわかりません。2年前の震災であれほど大きな津波が襲ってくると思った人はほとんどいなかったでしょう。それで逃げなかった人は津波に飲み込まれてしまいました。
主は私たちの人生のすべてをご存知です。私たちが弱い時も良い時も主は私の歩みをご存知です。その主に私のすべてを委ねるような体質にならなければいけません。私の力でできるなら主は必要ありません。私は何も持っていません、主よ恵んで下さい、そういう心で主に委ねます。

エリコの戦いの中に私たちが学ぶべき教訓があります。
10節 まず黙って主の言葉を聞かなければいけません。主の言葉を聞かない人は自分勝手にしゃべってしまいます。メッセンジャーは聖書を解き明かすために何時間も黙想しますが全く深い意味がわからないときもあります。その時は主の前にひれ伏しただ悔い改めの祈りが続きます。そのようにして夜を明かすとき、御言葉の深い意味を主が語って下さいます。
私たちは自分が偉すぎる、自分自身が大きすぎるのです。自分の人生の王座にいつのまにか自分が座っているのです。これを悔い改めて主に譲り渡すだけで大きな祝福を受けることができるでしょう。
ゴスペルシンガーのDunnykさんは高校生のとき父親が三十億ウォンの借金を負い極貧の中で過ごしました。ホルモン異常からか顔を5cmほどもある袋のような突起物が覆いみんなから怪物と馬鹿にされました。ある時は自分でその顔を切り自殺したいと思ったこともあります。その彼を救い今のシンガーである彼にしたのは、まさにイエスキリストの愛です。

人の計画の立て方には三つのパターンがあります。一つは、自分で計画を立てて自分自身で行う人、二つ目は自分で計画を立てて主に任せて行う人、三番目は主の御旨を覚えながら計画を立てて主に任せて行う人、このうち最も用いられる人は三番目の人であると、中国宣教で5000個の教会を建てた偉大な宣教師であるハドソン・テーラーは述べています。
一番重要な祈りは黙って聞く祈りです。主の御心を深く聞こうとするときに私の考えをおろし主から教えられることができます。言うことよりまず聞くことに集中してみて下さい。

12節 次に主の名を呼びます。民はラッパを響き鳴らしながら歩きましたが、これは主の名を呼び求めることです。神様がなさることを心から呼び求めることです。民らは7日間エリコの周囲を回り、最後の日は7回回りました。聖書の中で7という数字は完全を意味します。7回回ったことは完全な従順を指します。

2013年11月20日水曜日

神様が私たちの戦いの総司令官

◼2013/11/20
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:ヨシュア5:13−6:7

★メッセージ

割礼とは古いものを脱ぎ去り新しいものになることを意味します。主の者に生まれ変わることを意味します。表面的な割礼ではなく心の割礼を受ける必要があります。心が生まれ変わる者になりましょう。
割礼を受けた男性は通常一週間動けませんでした。カナンの地は未知の場所であり戦えないという状況は非常に厳しいものでしたが、ヨシュアは神様が導くままに従いました。
抜き身の剣を手にした男が立っていました。まさに戦闘体制にある形で緊張が走る場面です。ヨシュアが警戒して近づいたところ、神様の軍隊の司令官であることがわかりました。天使なのか人なのかは区別がつきません。他の箇所にも出現しますが、神様に仕える僕として描かれています。
ヨシュアがひれ伏したとのことであり、天使ではないことがわかります。天使はひれ伏されたら、すぐに私ではなく神様を拝みなさいと断ります。天使は自分に栄光が帰されることを望まないからです。しかし、ここでは主の軍の将軍は断りませんでしたので、旧約聖書におけるイエスキリストご自身であると考えられます。
神様が司令官であるならば誰も立ち向かうことができません。神様が私たちの戦いの総司令官であることを認識して下さい。世界中のすべての戦いを主が導かれます。
神様が私たちを用いられるとき、能力があるから賜物があるから用いるのではありません。ただ一つの条件とは、イエスキリストに従順することです。神様は才能ある者を用いるのではなく、ただイエスキリストに似た者を用います。神様の御手に握りしめられた陶工は必ず強力な武器となります。

2013年11月17日日曜日

感謝は信仰成熟の尺度である

◼2013/11/17
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:コロサイ3:12−17
◼タイトル:感謝は信仰成熟の尺度である

★メッセージ

聖書でいう平和とは信仰告白によるシャロームです。主との関わりの中で全く問題ない平衡、それをいつも感謝する平安、そしてそれをすべての人々に伝えて神の国を実現する平和、これら三つがシャロームの要素です。

人類最初の礼拝は収穫感謝礼拝でした。創世記4章には、アベルが肥えた羊の初子を捧げたこと、カインが農産物を捧げたことが書かれています。主はアベルの捧げものを受け取り、カインの捧げ物は受け取りませんでした。まずは、捧げる人の心が問題です。日々、主の御言葉を守り従い清い生活を送っていたかどうか。アベルはすべての羊の中から最も良い羊を選んで捧げましたが、カインは形式的にやればいいと思い虫が食ったような良くない農作物を捧げました。

1. 感謝は信仰の成熟度を語ります
罪の結果は癒されない精神的な病に陥ります。罪に陥った人々には同性愛があります。アメリカでは急速に同性愛者が増えていますが、平均寿命は45歳くらいと言われています。すぐにパートナーを変えてしまう人が多いという研究結果もあります。
仕事があることに感謝しましょう。現代は仕事がない人や、会社で追い出し部屋で追いつめられている人々もたくさんいます。
感謝する人々は周囲の人々をよく観察し長所、短所を把握しており変化があるとすぐにわかります。良い変化があれば共に喜びます 。
詩編103:1 わたしの魂よ主をたたえよ。
あふれるばかりに主に感謝する。先進国で最も使われる言葉は感謝ですが、開発途上国では感謝の言葉が少ないです。
16節 感謝して心から神をほめたたえなさい

2. 感謝は恵みを忘れないことです。
らい病を癒していただいた10人のうち9人のユダヤ人はそのまま行ってしまいましたが、1人のサマリア人は戻ってきて感謝しました。

3. 感謝は信仰告白を基に奇跡をなす力です
感謝thankと考えthinkの語源は一緒の意味です。何を考えるにしても感謝しましょう

4. 感謝は幸せと豊かさの秘訣
感謝は逆境を豊かさに作り変えて下さる神秘の薬です。
スポルジョン 不幸なときに感謝すると不幸はそこで終わり、うまくいっている時に感謝するとますますうまくいくようになります。

2013年11月10日日曜日

蜜よりも甘い御言葉

◼2013/11/10
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:詩篇119:97−104
◼タイトル:蜜よりも甘い御言葉

★メッセージ

本文は御言葉に触れることのこのうえない喜びと楽しさを表現しています。まるで恋人と過ごす時間のように、子供がゲームをして楽しむ時のように、神様の御言葉を楽しんでいます。
16節 わたしはあなたの掟を楽しみとし御言葉を決して忘れません。
ヨハン教会の皆さんも御言葉を愛し楽しんで下さい。

この世の中の愛はゼロサムゲームであります。誰かを愛すれば別の誰かへの愛が薄くなります。二人の恋人を同じように愛することはできません。この世の愛は干渉しあう愛です。しかし、聖書の神様の愛はそのようなものでなく、永遠であり平等の愛です。
132節 御顔をわたしに向け憐れんで下さい、御名を愛する者への裁きに従って

ダビデは暇だったから御言葉に触れようとしたのではありません。王であったのでいろいろな事案があり愛に来る人々や内政や外交などで非常に忙しかったでしょう。絶え間無く昼も夜も忙しく仕事をしている間にも神様の御言葉を覚えて口ずさみましょう。
98節 あなたの戒めはわたしを敵よりも知恵ある者とします
御言葉を読むならばわたしたちに知恵が与えられます。ルカ10:21、知恵は学者や身分の高い者ではなく幼子のようなものに与えられました。自分自身の知恵よりも主の知恵の方がはるかに多いことを覚えましょう。インターネットや書籍などから情報を得たことで自分があたかも何でも知っているかのように高慢になっていないでしょうか。それよりも真実で力ある主の御言葉を頼りましょう。私たちの経験、考えではなく、聖霊によって神様の力をいただいて下さい。

御言葉を愛するダビデはその愛の程度を述べています。
103節 あなたの仰せを味わえばわたしの口に蜜よりも甘いことでしょう。
食べ物の美味しさは食べてみないとわかりません。映像や言葉では伝えられません。自分で味わってみないことにはわかりません。神様の御言葉の美味しさ、甘さは聖霊様の恵みで味わってみて下さい。時には苦いことがありますが、それは私たちの罪性に対する霊的な薬でもあります。苦さの後での甘さはさらに引き立ちます。
神様の御言葉は私たちの感覚、本能さえも変えます。私たちの考えだけでなく行いと言葉を変え、人々がそれらはどこから出たものなのかと驚くようになります。

2013年11月9日土曜日

運命論ではなく聖霊の力によって

◼2013/11/09
◼ヨハン早稲田キリスト教会 土曜礼拝
◼聖書箇所:使徒言行録3:1−10

★メッセージ

神殿の門の前で物乞いをしていた乞食は、おそらく運命論者であり、私はこのような環境に生まれたから仕方ない、このまま一生物乞いをして生きていくしかないと考えていたかもしれません。しかし、クリスチャンはそうではなくどんな環境であっても主に希望をおいて歩むものです。
この乞食はペトロとヨハネが通りかかったとき、ただお金を欲しくて私に何をくれるんだろうという思いで話しかけました。私たちも目の前にあるものだけ追求していて今日誰かから何をもらえるだろうかとばかり考えていることはないでしょうか。
フィリピンに視察に出かけたとき貧しい子供たちを助け福音を伝える宣教師に出会いました。子供たちのところに行く時に、絶対にお金やものを渡さないように注意を受けました。ところが、ある人がどうしても子供が可哀想になり自分の腕時計をとって渡してしまいました。それがばれてその宣教師からひどく叱られました。この子供の人生をダメにするのかと。自分が貧しい姿を見せてただ人からお金やものをもらう体質になってしまったら将来の成長はないということです。彼らは自らの人生を切り開いていく力を身につけなければいけないのです。
ペトロとヨハネは乞食に対して「金や銀はないが持っているものをあげよう」といいました。それは永遠の命、救いに至る福音でした。目の前の必要を満たすものではなく、真の救いを与えようとしたのです。ペトロは自分の力で与えたのはなく、イエスキリストの名によって、立ち上がり歩きなさいと命じました。聖霊の力によって乞食は立ち上がり変わりました。
ペトロ自身もかつてイエスキリストを三度知らないと否認したものでしたが、聖霊の力によって完全に生まれ変わり、福音を伝えて殉教するまでに至りました。

2013年11月4日月曜日

真実があるところに偽りもあり

◼2013/11/04
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:ペトロ二2:10−21

★メッセージ

真実があるところには必ずうそも伴います。ペトロの手紙では、偽預言者たちに気をつけるように指摘しています。偽預言者たちはイエスキリストについて、自分が信じたい部分だけ信じて信じたくない部分は信じませんでした。自分の必要を満たすために信じようとしました。自分の利益のためにイエスキリストを利用しようとしました。自分が従いたい分だけ従い好きなところだけ信じます。これが偽預言者たちの特徴です。
しかしイエスキリストは私たちの主です。イエスキリストのありのままを認め従いましょう。イエスキリストは唯一の誠の神様であり、死と戦って勝った方であります。再び戻って来られる方です。この世が始まるときからイエス様はおられました。この世界はイエス様によりイエス様のために作られました。
イエスキリストは必ず戻って来られます。おそれおののきながらイエス様が戻ってくるのを期待し待ちましょう。イエスキリストは私たちのすべてを愛しておられます。私たちは罪ある存在ですが、イエス様は私たちを決して見捨てることはなく体も心も救って愛して下さいます。ですから、クリスチャンは禁欲主義にも快楽主義にも陥りません。ただ、イエスキリストに従がって歩むものです。
イエス様を苦しめた律法学者たちは禁欲主義者たちでした。守ることが厳しい規律を人々に要求し、それが守れないと裁きました。一方、使徒パウロを苦しめたのは快楽主義者たちでした。自分たちの人生を自由にする権利があると主張し欲望どおりに生きようとしました。そして、たくさんの罪に溺れました。自由のようでありながら実は快楽の奴隷になってしまいます。タバコや酒のように好きで始めたことがやがてそこから離れなくなり奴隷となってしまうのです。
罪を知る必要はありますが罪を研究してさらに知る必要はありません。むしろ、イエスキリストをもっと研究して知って下さい。24時間、イエス様だけを考えてイエス様に集中しましょう。

2013年10月30日水曜日

イスラエル全体と個々の部族に対する祝福

◼2013/10/30
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記33:18−29

★メッセージ

イスラエル全体に対する祝福とそれぞれの部族に対する祝福が書かれています。主はヨハン教会全体も祝福して下さいますし、私たち一人一人も祝福して下さいます。その恵みに感謝しましょう。
19節 正しいいけにえとは何でしょうか?ローマ12:1−2を読むと、自らの体を聖なるいけるいけにえとしてささげなさいとあります。
ある画家が行った勝利の秘訣とは、朝ご飯を食べなさい、周囲の人をもてなしなさい、チャンスをよく捉えて歩みさないというものです。人はたいてい自分のことばかり考えていますが、周りの人のことも考えながらよくもてなし、チャンスがあれば自らチャレンジして飛び込んでいくものになりましょう。
26節 エシュルンとは神の目から見て正しく高貴なものという意味で、イスラエルを親しみの意味を込めて述べています。

2013年10月29日火曜日

先頭を進み祝福をいただいたユダ族

◼2013/10/29
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記33:1−17

★メッセージ

ルベンは長子として生まれましたが、滅ぼされないように祈られます。

次に、先頭を進む者の祝福について述べられます。ユダ族は常に先頭を進み困難が多くありましたが、多くの祝福をいただきました。現代でもその働きを担っているのが教会といえます。友人、家族になかなか理解されず、福音を伝えれ反発されますが、やがて関係が回復し、最も豊かな人間関係が築かれます。

次に献身の重要性です。レビ族は主の御言葉を守り祝福されました。ヨハン教会における私たちも御言葉によく従順し生活の隅々で豊かに恵みを受けるものになりましょう。

2013年10月27日日曜日

水と霊とによって生まれることの大切さ

◼2013/10/27
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ヨハネ3:1−21
◼タイトル:水と霊とによって生まれることの大切さ

★メッセージ

人はエデンの園というユートピアが失われてからその失われた楽園に対する限りない想いを持っています。人には肉体や経済的いろいろな問題がつきまとっています。エデンの園ではアダムは非常に優れた知性を持っていました。アダムがすることは全て正しく主が認めてくださるものでした。ただ、善悪の知識の木の実は食べてはいけないと仰いました。主はご自分が持っておられるすべての力と権威をアダムに授けましたので、高ぶって自分が神にならないように、唯一の禁止事項を設けました。
蛇は非常に狡猾ですが自分では罪を犯すことができないためアダムを狙いました。有能な人ほどだまされやすいです。政治、スポーツ、ビジネスなどの分野で卓越した腕前を持っている人がおりそれだけで十分に尊敬され生きていけますが、自分がすべてであるかのような錯覚に陥ることもあります。性的な罪と偶像礼拝は大きな関係があります。

ニコデモはひっそりとイエスキリストを訪ね真理について伺おうとしました。
第一に新たに生まれなければ神の国を見ることはできません。第二に水と霊とによって生まれなければ神の国に入ることはできません。私たちが毎週礼拝を捧げられるのは、完全ではないですが神の国が見えるからです。水はパプテスマを意味し、霊は聖霊を意味します。
御言葉は一つも失われることなく完全な救いを約束されます。それを信じられる恵みがありますように。聖霊によらなければ主イエスキリストを主と告白することができません。聖霊によると聖書に書かれていることをすべて信じることができます。すべて守ることはできないにしても呪いを受けることはありません。主イエスキリストがすべての罪を背負って十字架につけられたからです。

2013年10月26日土曜日

礼拝とは出席するものではなく捧げるもの

◼2013/10/26
◼ヨハン早稲田キリスト教会 土曜礼拝
◼聖書箇所:創世記22:1−6、15−18

★メッセージ

礼拝とは出席するものではなく捧げるものです。クリスチャンでなくてもキリスト教の勉強のために礼拝に出席することはありますが、これは単純に自分の何らかの目的のために出ているだけであり、捧げているとはいえません。礼拝において捧げることが重要です。
礼拝ではまず自分の時間を捧げます。他の事に使う時間を割いて主のために捧げます。
二つ目に礼拝は万全の準備をして捧げます。イサクを捧げなさいと言われた主に従順してアブラハムは礼拝を捧げるために、薪や火や刃物などよく準備して行きました。例えばデートで愛する人と会うとき、身なりを整えどこにいくか調べ何を話すか考えたうえで臨みます。礼拝においても同じように、身なりを整え祈り期待して捧げます。ただし、準備するとしても形式的あるいは義務的なものではいけません。第二コリント9:7 喜んで与える人を神は愛してくださるからです。
一人子のイサクをすら惜しまなかったアブラハムに主は子孫を天の星のように海辺の砂のように増やすという祝福を与えられました。
100歳で子供を得、175歳まで生きて亡くなります。すでに人の寿命が120歳に制限された後ですから、アブラハムがどんなに特別な祝福を得たかわかります。100歳まで子供がなかったアブラハムの人生はもしかしたらたくさんの後悔があったかもしれませんが、信仰による従順の結果、最後に主は大きく祝福を与えられました。
神様は人を祝福したいお方です。祝福されるためには、自分の大切な時間やお金を犠牲にして礼拝を捧げることです。ヨハン教会の信徒たちも、ぜひ主の有り余る祝福を体験して下さい。

2013年10月23日水曜日

呪いの文は主による警告のため

◼2013/10/23
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記30:1−20

★メッセージ

申命記28章をみると、祝福よりも呪いのほうが多いため主はそうならないように警告しています。申命記に書かれた祝福と呪いはどちらも実際に実現しました。旧約時代に国が滅ぼされてバビロン捕囚となりましたし、新約時代にはユダヤ人は迫害されて世界中に散らされました。
恵まれた人は罪を犯さない人ではなく罪を犯したら素直に罪を認めて悔い改める人です。ダビデは姦淫と殺人の罪まで犯したにもかかわらず切に悔い改めて神様からむしろ喜ばれ祝福されました。悔い改めは心の中で起こるものだけではなく実際的な行動になる必要があります。通常罪を犯すと恥ずかしくて教会に行きたくなくなるものですが、そういう時こそ教会に来て祈り兄弟姉妹と交わる必要があります。そのような態度こそ悔い改めとなります。
御言葉は難しいものではなく、私たちの近くにあり、私たちの口と心にあります。哲学を学ぶある人は一週間に1ページ読んでも理解できないと言っていますが、聖書はそのような難解な思想・道徳ではなく、主が私たちに誰でもわかるように示してくださるものです。
祝福は従順からやってきます。従順することで生活も教会も守られます。ある教会では信徒が牧師と意見が合わず牧師を追い出してしまいました。教会が分裂してしまったわけです。分裂は英語ではdivisionといいますがビジョンがわかれてしまうという意味です。教会のビジョンがわかれてしまったら教会はどこに向かうのでしょうか。
御言葉を学んで最終的に学ぶべきは従順です。御言葉をどれだけ多く学んでも行わなければ意味がありません。従順して御言葉に聞き従い行うことで祝福されます。

2013年10月20日日曜日

命の言を伝えます


◼2013/10/20
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ヨハネ一1:1−4
◼タイトル:命の言を伝えます

★メッセージ

聖書とは手紙といえます。特定の人に向けて書かれた親密な手紙です。かつては手書きで手紙を書いたものでした。出した後は届いたか読んでもらえたかわからない中でドキドキしたりすることもありましたが、そのように書かれた手紙が聖書といえます。
聖書の手紙では特定の方、イエスキリストが書かれています。イエスキリストは生きておられ、私たちと共にいらっしゃることを伝えようとしています。イエスキリストはただこの世に来られたわけではなく、私たちのすべての罪を贖うためにこられました。イエスキリストと出会ったときの感動を回復して下さい。ヨハネもこのイエスキリストと出会い手紙を書いています。
ヨハネはイエスキリストの証言者です。法廷では証言者が自分が注目されようと大袈裟に発言したりすることもありますが、証言者は主役ではありえません。単に自分が見聞きしたことを話すのみです。ヨハネはそのように自分が出会ったイエス様を書きました。
1515年に描かれたイエスキリストの十字架の絵があります。横の木が人々の罪の重さゆえに曲がっています。左にはマグダラのマリア、ヨハネの手紙を書いたヨハネがいます。そして右には時間的に不自然ですバステスマのヨハネがいます。医学的にありえない角度で右手をあげイエスキリストを指しています。これは自分に注目を集めるのではなく、イエスキリストに集中しようとする生き方の現れです。ただ自分が見て聞いて触れたものを伝えようとしています。

イエスキリストは一言で命です。この命が人間の肉体を持ってこの世に現れました。私たちは死にたいような絶望感にとらわれえるとき、それは一切の交わりを絶たれている状況です。私たちは真実な交わりを求めています。つながりを求めています。イエスキリストを知ることこと真実な交わりです。もう誰にも理解されない誰も自分を知らないという孤独感に悩まされることはありません。
単なる人間的な楽しい交わりではありません。私たちの交わりは御父と御子イエスキリストとの交わりです。キリストの愛によって互いの壁を乗り越え完全に理解し愛し合う不思議な交わりです。教会は完璧なところではありませんが、教会の特徴はイエスキリストが生きているところであり、私たちがイエスキリストに出会えるところです。私たちの人生の中心はイエスキリストです。
イエスキリストは主なる神様と私たちの断絶された関係を回復するため和解するために来られました。教会が楽しいのは、その回復する喜びを味わえるからです。一度回復してもまた反抗して壁ができることもありますが、いつでも教会は開かれています。いつでもイエスキリストは迎え入れてくれます。イエスキリストとの関係が回復するとき自分自身との関係も回復されるでしょう。

2013年10月17日木曜日

不従順の結果と呪い


◼2013/10/17
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:不従順の結果

★BibleStudy

どんな場合でも従順する覚悟で臨んで下さい。不従順の結果は悲惨なものとなり、自分だけでなく被造物まで呪われるものとなります。人間の不従順、私個人の不従順で終わるものではないことを覚えましょう。不従順であると迷路のように解決策のない状況に陥ります。
列王記時代のイスラエルとユダの最も間違っていた考え方は、自分たちは神様から約束された民族だから絶対に滅びないというものです。それゆえに勘違いして傲慢になりやがて滅ぼされてしまいました。
現代でも人間の不従順によりいろいろな問題が起こっており新しいウィルスも次々と出現しています。これは人間に罪の結果をよくわからせるためであります。罪の特徴は、まず「早い」ということです。悪い噂は早く広まります。次の特徴は影響力があります。罪は確実に人を支配します。そして、周囲に伝搬します。一人だけでなく周囲の人々にも罪が伝搬します。
共同体が罪を犯さないためには、優しさや愛にも節制が必要です。何かのためといっても、兄弟一人と姉妹一人になることは避けましょう。不倫や姦淫の罪は大きな傷になります。分別力を持って行いましょう。

日本人の特徴は何かよくしてもらったことをすぐに返します。早く返してしまって、返すべきものは返したと納得するという傾向があります。ちょっと奉仕や献金をしたことで、神様にすべて返したかのような錯覚を持たないで下さい。
罪の結果は体にもきます。ひどい病気になってからだが腐っていきます。もちろん体の病気の原因のすべてが罪だとはいえませんが。
罪を犯すとスリルがありますが、それを求めて罪を犯してしまい、さらに罪に鈍くなってしまうことがあります。
何かできてもできなくても感謝して下さい。神様に対する感謝の心を表して下さい。また礼拝を大切にして下さい。

使徒パウロは、苦難は私に有益です、と言っています。他の人が避けることを率先的に行い愛の苦労をするならば苦難が本当に有益となります。神様がいろいろ与える苦難から人は逃げたいと思いますが、逃げないでとどまりましょう。逃げてしまえば直されず問題はそのままになります。

捧げる心を見ておられる神様


◼2013/10/17
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:マタイ6:19−21

★メッセージ

お金は実際的な生活につながっているため大きな問題です。家賃、食事など生活と密接に関わっているためみなお金に敏感になります。
Forever21の夫婦が日本に来日されましたが、このご夫婦は仕事で世界中を飛び回っています。インドでは悪霊が公に姿を現しクリスチャンから目を背けるそうですが、日本の悪霊は姿を隠すそうです。だから、日本の福音化は少しやりにくいかもしれません。
サタンは必ず変装し正体を隠してやってきます。聖書には、光の天使を装ってやってくると書かれています。ときには友情あるいは良い人間関係でやってきます。サタンは詐欺師でありもともと嘘つきです。霊的に落ち込まないためにも、私たちが霊的な戦いの中に置かれていることを忘れてはいけません。自分の霊性を維持できなければ、他の魂のために祈ることもできません。

科学者にとって最も名誉ある賞はノーベル賞であり、サッカー選手にとってワールドカップでの優勝は最高の栄誉かもしれません。これらは素晴らしいですが、しかし私たちの人生はこれだけではありません。究極的な真の賞は天地を作られた神様から受ける賞です。
神様の評価は総括的な評価です。捧げる物もそうですが、捧げる心や普段の生活、目には映らない心の領域を見て総括的に評価なされます。神様は人格的な交わりをなさる方です。表面的な交わりで愛がなければ無駄であり心が通じていません。信仰のマンナリズムに陥れば神様との深い交わりもできません。時間短縮や効率化により心まで短縮してしまいかねないでしょう。主は人格者であり私たちの心からの交わりを願っておられます。
礼拝、賛美を捧げる姿勢から変えていきましょう。賛美一つでも事前によく練習し準備して望みましょう。そうすると、余裕が生まれ共に賛美する者のためにも祈れるようになります。

祝福の源


◼2013/10/17
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記28:1−14

★メッセージ

ある犬がなかなか主人の言うことを聞かず、外で食べ物を見つければくわえて話さないように、実は私たちの神様に対する姿も同じかもしれません。この犬のように不従順な態度です。主の声に聞き従うことは私の祝福です。
私たちは祝福の源です。そこにいないとダメな存在です。
歴代下17:7 ユダヤの王ヨシャファトは国の民に御言葉を教育して主に聞き従うようにしました。その結果、国が安定し豊かになりました。軍事力を強化したのでもなく経済が成長したからでもありません。主の御言葉に聞き従ったからです。

2013年10月13日日曜日

ヨハン早稲田教会創立18周年記念礼拝を迎えて

◼2013/10/13
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:使徒言行録4:17−31
◼タイトル:ヨハン早稲田教会創立18周年記念礼拝を迎えて

★メッセージ

日本人の人口は1億2600万人程度ですが、宗教人口は2億人を超えます。日本人は宗教心が強いと言えます。そのうち仏教は51%、神道は43%、キリスト教は1%以下です。2010年を境にキリスト教会の数は徐々に減っています。
宗教人口が多いのはむしろ日本人の宗教心が強すぎて複数の宗教を信仰しているからといえます。何かあるたびに神社に行って祈り葬式は仏教の寺で行います。
神道は現世の利益、安全を求めるのが特徴です。日本の儒教はAD五世紀ごろ、ただ倫理道徳的なものだけを取り入れました。日本の宗教は、表面的なものだけを求め、その真理を探ることはしませんでした。
明治維新時にもキリスト教が日本に入ってきてミッション系の大学が作られたりしますが、理性的な部分だけを受け入れ、超自然的な力を持つイエスキリストの神性と霊の働きを取り除いてしまったのが、現代のキリスト教の弱さといえます。
ヨハン教会においても45の開拓教会だけに満足せず、全国47都道府県に教会が建てられ御国が拡張されることを期待します。

日本の福音化が十分に可能であるという確信を持ちましょう。16世紀、フランシスコザビエルが来日し、ものすごい勢いでキリスト教が広まり始めます。偶像礼拝を認めないため織田信長は自分たちの国を侵略するのではないかという警戒を持ち始め、これを悟ったフランシスコザビエルは数年しか滞在せず海外へ行ってしまいます。その後、豊臣秀吉の時代にもキリスト教の爆発的な勢いを警戒しますが、大きな制限を加えることはありませんでした。徳川時代になって、キリスト教の徹底的な迫害が始まり、キリスト教の禁止令が出されます。踏み絵に始まり、五人一組の監視、寺への帰属制度が作られます。ここから、隠れキリシタンという言葉が生まれます。江戸時代の末、完全に消えたかに見えたクリスチャンたちが、4600人も残っていました。
明治維新にてキリスト教のリバイバルが起こり、熊本バンド、横浜バンド、北海道バンドなどが起こされます。北海道バンドは個人主義的な傾向に偏りました。横浜バンドは聖書勉強に熱心でしたが、エリートだけの領域のような雰囲気を作り出してしまいました。やがて、国家による天皇崇拝の強制に屈し大きな罪を犯します。戦後、再び大きなリバイバルのチャンスがあり、戦中の偶像礼拝の罪を告白します。
フランシスコ ザビエルが数年しかいなかったにもかかわらずクリスチャン人口が4%にまで成長し、当時の国家指導者たちが危機感さえ抱くようになりました。そのように、日本のリバイバルは必ず可能です。

自分の両親が早く信仰を持つようにし主に召し出されることが最高の親孝行です。
教会を一部の知識人しか入れないような雰囲気を作ってはいけません。ヨハン教会は誰もが入ってこられるオープン教会です。
日本人は宗教心が強いのにも福音らしい福音を聞いたことがない人が99%もいるのはどんなに悲しいことでしょうか。
日本にキリストの青い季節が来るように祈りましょう。

2013年10月12日土曜日

健康的なビジョン

◼2013/10/12
◼ヨハン早稲田キリスト教会 土曜礼拝
◼聖書箇所:1:5−10

★メッセージ

アドニヤは一度も父親から叱られることはありませんでした。アドニヤは容姿も良く皆から慕われるものでした。アドニヤはヨアブの心の隙を見て賭けをし、ヨアブとアビアタルに話を持ちかけ味方にしました。アドニヤは王になりたくて仕方ありませんでした。ソロモンが王になりそうな様子を見て阻止しようとしました。自ら王になろうとしましたが、これは高慢なことです。
教会に始めて来る人の中で、自ら教会に来たという人がいますが、その前にどれだけ祈られたか考えなければいけません。

私たちはどこにいて何であっても霊的なリーダーです。我々はビジョンを持ちますが、健康的なビジョンもあれば不健康的なビジョンもあります。単なるお金儲けのビジョンは不健康的なものです。中国人にはよく店を持ちたいというビジョンを持つ人がいますが、単にそれだけで終わってはいけません。健康的なビジョンを持っている人は次の世代のことを考えます。

2013年10月10日木曜日

何よりもまず神の国と神の義を求めなさい

◼2013/10/10
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:マタイ6:31−34

★メッセージ

33節 何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えられる。
まず、そうすれば、そうしたならばと言われます。
主は必ずテストされます。表面的で口先だけなのか、心からのものなのかテストされます。
証は体験していないとわからないものです。証は自分の信仰生活の体力の基礎となっていきます。信じて祈って積極的に求めて答えられたことが積み重なっていくとその人の信仰の良い体質になっていきます。
アウグスティヌスはローマ帝国が崩れていく姿を見て、この世の全てのものはいずれ尽きることをみました。現代の会社も少し前は全盛であったとしても今は買収され跡形もなくなるものもあります。

後悔しない人生がもっとも素晴らしい人生です。今までの人生に後悔があるならば、これからはスタートとし後悔のない人生としましょう。
見よ、この世の罪を取り除く神の国と子羊だと言われます。

2013年10月7日月曜日

恐れに打ち勝つ三つの秘訣

◼2013/10/07
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記20:1−20
★メッセージ

戦争では訓練された兵士が戦うことはほとんどありません。たいてい学生や普通の社会人が突然戦争に動員され銃を渡され人を殺すように命令されます。人を殺すことも怖いですし、殺されるのも怖く、恐れとの戦いがもっとも大変です。
おそれに打ち勝つ三つの秘訣があります。
一つ目に、神様が私たちと共に戦ってくださることです。バドミントンのダブルスのように、二人で共に戦ったほうが疲れないですし、一人がコンディションが悪くてももう一人がよければ勝つこともできます。人を伝道することは大変ですが、主と私が共に伝道すると考えれば大丈夫です。
二つ目に、この世の執着を捨てて聖霊様の働きを求めます。この世に執着していて恐れる者は帰りなさいと主はおっしゃっています。
三つ目に、主の知恵、戦略を求めます。戦略がなければ勝てません。トップに戦略がなく何をすれば良いかわかならい組織は困ってしまいます。主が具体的に戦略を与えて下さるように祈りましょう。

2013年10月6日日曜日

日本にキリストの季節が来ている

◼2013/10/06
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ヨハネ14:12−14
◼タイトル:この国、日本にキリストの季節が来ている

★メッセージ

あるとき神様から日本にいくように召命を受けましたが最初は日本に行くべきでない10の理由をあげて断りました。しかし、主は日本に来るか私のもとにくるかどちらかだと仰り、死ぬのは嫌でしたので、日本に行く決断をし1990年4月に日本に派遣されました。
日本にいるべき理由を主に聞いてみると、日本は21世紀の福音宣教に用いられると言われました。

日本にはたくさんの主の御業があふれています。
まず第一に福音主義の教会が成長しています。1950年ごろには、福音主義と自由主義の教会の割合が1対26でしたが、現在は逆転しています。
1000人の超える伝道集会はかつては大変であり10年に1回程度のものでしたが、今は2000人、3000人の伝道集会が次々と開かれています。
247都市の1702教会に2万人近くの韓国人の若者を送って宣教させ、100人以上の献身者が起こされています。
社会的に地位の高い人々がクリスチャンだと告白しています。また、公の祈祷会が行われており東京でも30箇所、全国で100箇所以上で祈祷会が行われています。
このように今の日本には福音化に関する主の恵みがあふれています。

ある例えがあります。神様は鳥たちに自由に飛ぶように命じました。それぞれの鳥がそれぞれ飛びましたが、その後、主は鳥たちを集められ、今まで飛んできた場所を与えると言われました。鶏は庭を、スズメは三件の家を、鳩は水辺を与えられましたが、鷲は五つの大陸と六つの海を飛んできたために世界を与えられました。このように、主は私たちが行くところすべてを与えてくださいます。

2013年10月3日木曜日

イスラエルでの下着と上着の意味

◼2013/10/03
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:マタイ5:38−48
★メッセージ

わたしたちの霊的な温度はどの程度でしょうか?暑いでしょうか?寒いでしょうか?
孔子も自分の心から始まると説いています。心は感情に左右されやすく取り乱しやすいものです。自分自身の霊性管理をよくしましょう。
香港のある大金持ちは子供のころから朝4時に起きて本を読み学んだそうで、それを90歳になっても続けています。謙遜な者はいつになっても謙遜な姿勢で学び続けます。

マタイ5:38 目には目を、歯には歯を。ノンクリスチャンでもどこかで見たことがあるでしょう。一見、ひどいことのように思えるかもしれません。イスラエルは今もこのようなことを意識していて戦争で必ずやり返しますので争いが耐えません。
誤解してはなりませんが、目には目でやり返しなさいという意味ではなく、目には目だけですませなさい、それ以上やってはならないという意味です。人間の復讐心は際限なく放っておけば殺人まで発展していくことも稀ではありません。
ハンムラビ法典のレクスタリオスということで、何かやられたら同じことをやり返しなさいという法律は、人間を徹底的に罪に陥れます。

消費税などの経済対策も必要ですが、今の日本がもっとも必要としているのは、イエスキリストを知り自分の人生の基準と意味を知ることです。教会に来て下さい、あなたの本当の人生の意味が示されます。

40節 下着を取ろうとする者には上着をも取らせなさい。下着と上着の意味を考えてみましょう。下着は何枚も持っているのが通常であり一枚なくなってもそれほど影響はありませんが、上着は砂漠の寒く強い風の夜から身を守るものであり命につながるものです。上着がなければ寒さから身を守ることがなく命の危険があります。貧しい人は上着は一枚しか持っていませんでした。上着とは人間としての最低限の権利ですが、それさえもイエスキリストのために喜んでさしだしなさいと命じられたのです。偉大に用いられた人は自分の命さえ捧げました。イエスキリストはすべてを持っていながらもすべてを捨ててわたしたちのために十字架にかかられました。このような愛の素晴らしさを備えるようになりましょう。

47節 自分の兄弟を愛することは異邦人でもやることです。私たちはそれを越えて愛の原子爆弾のようにみたら感動をするような愛の者になりましょう。
48節 完全な者となりなさい。

2013年10月2日水曜日

選別して捧げる

◼2013/10/02
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記16:17−17:7

★メッセージ

道徳では水平関係だけ説きますがキリスト教では神様との垂直関係についても説きます。垂直関係において救われた私たちはどうやって垂直関係を持っていくのが問題です。十字架を背負って歩めばいいのですが、そこから逃げるクリスチャンがいます。これは偶像礼拝です。イエキリストが十字架にかかられたから自分は大丈夫と避ける心があります。イエス様の十字架を尊敬したり喜ぶのではなく、むしろ恥ずかしく思ったりします。これはサタンの喜ぶところです。自らが救われたことを忘れてしまうと十字架を恥ずかしく思ってしまいます。
職業、給料などで人を判断することは非常に危険です。このようなものは目をくらまし義人を曲げるものです。自ら近づこうとする者を警戒する必要があります。
キリスト教を信じていない人も何かを対象にして祈ります。祝福して下さいという祈りです。アシェラという偶像は子供やお金や人間関係を与えてくれる豊かさの神ですが、その豊かさをどのように使うべきかという視点はありません。クリスチャンは豊かさをどうすれば主に喜ばれるかと考えます。
主に捧げるものは傷がなく選別がされたものを選びます。献金を捧げる際にもその出処を選別します。銀行に行って新札に変えて捧げることはよくやることであり、銀行が近くにないところではアイロンをかけて捧げたという話もあります。ただ、最も重要なことは、どのような心で主に捧げるかです。私は人生のすべてを捧げたから他のものは捧げなくても良いような心は持たないで下さい。牧師によっては献金しないものがおり、ある集会では献金を集める者が牧師のところには近づきませんでした。これは由々しきことです。けちになって献金をおろそかにすれば、実際に大変なときの助け手がなくなります。
献金の祝福があふれれば先祖の罪も赦してくださいます。

2013年10月1日火曜日

過越祭

◼2013/10/01
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記16:1−16

★メッセージ

三大祝祭日、過越祭、七週祭、仮庵祭について書かれています。過越はまさに主なる神様が過ぎ越されました。
聖霊は第一にイエス様を信じ救われる力があります。人の心は硬くなかなか変わらないものですが、聖霊様だけが人の心を変える力があります。
聖霊典は洗礼式と聖餐式にのみ絞りカトリックで行っている様々な儀式は取り除きました。マリアや聖人を崇拝したり、あまりにも軽々しくなってしまっています。
イスラエルの聖殿にはそれぞれ入れる場所が4つに決められていました。全員が入れる場所、イスラエルの民だけ入れる場所、成人男性のみ入れる場所、そして、聖所は祭司だけが入れました。さらに至聖所は大祭司のみ入れました。新約聖書では私たちは王の系統を引く大祭司であると言われています。
エデンの園でアダムとイブに与えられた戒めはたった一つです。善悪の知識の木からはとって食べてはならないと言われました。戒めがなければよかったでしょうか。戒めがなければ人は神になろうと高慢になるでしょう。
申命記6:5 あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。イエス様はこの御言葉を引用して主を愛しなさいと言われました。
偶像礼拝に立ち向かう秘訣の4つ目は選ばれた場所で礼拝を捧げることです。5つ目に十分の一献金を強調しています。14:22節以下で特に十分の一献金を強調しています。焼き尽くす捧げ物はすべてを焼き尽くすものであり、すべてを捧げることを示しています。すなわち、人生のすべてを捧げる心で献金を捧げなさいということです。

2013年9月26日木曜日

聞き従え、そうすれば生きることができる

◼2013/09/26
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:聞き従え、そうすれば生きることができる
◼聖書箇所:申命記11:13-21

★BibleStudy

聞くとは従うことです。わたしたちの言葉は物理的に存在するものではありませんが、神様の御言葉はそれ自体が神様であり力のあるものであり従うべきものです。
いくら農業技術が発達したとしても雨を降らせるのは神様の役目です。私たちが一生懸命努力して得たとしてもちょっと状況が変わったらすぐに吹き飛んでしまうものです。神様の祝福は私たちが本当に必要なものを必要なときに与えてくださいます。私たちは必要なものを願わず必要ないものを願っていることはないでしょうか。
私たちが神様に聞き従わないとき、もっとも表す態度は、ほっておいてくださいというものです。神様を否定することはできないので、自分を放置するように神様に求めます。良いものを蹴って、破滅と知りながら悪を選んでしまいます。放蕩息子は父親のものは自分のものになることを知っているのに家を飛び出て放蕩の限りを尽くします。
パーフェクトな道があるのに、全く魅力のないものにどうして誘惑され陥ってしまうのか。まさにそれが偶像礼拝です。中毒はそれに支配されてしまうものです。

寝ているとき無意識でも御言葉が出てくらいに心に刻みなさいと言われています。特に初代のクリスチャンは家族に御言葉を教え心に刻ませなければいけません。実の子供たちに霊的な子供たちに徹底的に教えなければいけません。1万時間の法則とは、音楽でも言語でも集中して1万時間練習を続ければ楽しみながらやることができるようになります。
主を愛して従っていれば本当に祝福されます。また他のものに従っていませんか?それを捨てて主にしたがいましょう。

イエスキリストがよく引用した申命記

◼2013/09/26
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:申命記12:29−13:1

★メッセージ

イエス様がサタンから試みられたとき三つとも申命記を引用されました。イエス様はおそらく申命記をよく読まれたのだと考えられます。
なぜ申命記なのでしょうか?
出エジプトではイスラエルの民にはあらゆる戦いがありました。自分自身の欲望や不信仰や異邦人からの誘惑により第一世代は息絶えてしまいました。十戒を中心にクリスチャンはどのように歩めば良いのかを細かく定めたのがレビ記で、民の人口を数えて戦いに備えたのが民数記
です。最初、主はカナンの地に2年くらいで民を導こうとされていました。カデシュ・バルネアにて12人の偵察者を派遣させカナンの地を偵察させに行きました。ヨシュアとカレブは乳と蜜の流れる地を見て攻め登るべきだと言いましたが、残り10人がその地の民の強いことを見て反対しました。奴隷主義であり敗北主義です。主は反対した10人をその場で打ち殺し、38年間延長されて荒れ野で苦難を体験することになりました。その後、第一世代は荒れ野で死んで残った次の世代に律法を教えられたのが申命記です。
申命記1章を見ますと、11日の道のりを40年10ヶ月かかって行ったことがわかります。申命記でもっとも強調されたのは偶像礼拝をしてはならないことです。5:7 第一戒目 わたしをおいてほかに神があってはならない。創世記ではもともとこのたった一つの戒めだけを与えており、その他の律法はありませんでした。
家族や周囲の人々に大勢偶像礼拝をしている者がいないでしょうか。それらに対しては毅然と対しなければなりません。偶像礼拝を指摘すれば迫害を受けるかもしれませんが喜んで受けましょう。そのような人々に対する主の裁きは聖書を見るとおりです。主は100%を求められます。いい加減な伝道ではいけません。仏壇や神棚があるならば取り除いたほうが良いです。反対する家族には信仰を持って説明しましょう。
満願の捧げ物:感謝献金、随意の捧げ物:真心で捧げる献金
賛美には四つの種類と順序があります。ありのままの感謝、十字架の賛美、説教を聞いての決断、そう詠、力強い賛美とします。

2013年9月23日月曜日

筍のイメージ

◼2013/09/23
◼ヨハン早稲田キリスト教会 リトリート 早天
◼聖書箇所:イザヤ11:1−4

★メッセージ

「しゅん」と読む字にはいろいろな意味があります。純、殉、順、筍。すべて良いイメージがあります。
アメリカでは小さなグループによる集まりをセルチャーチと呼んだりしますが、ちょっと西洋的で形式的でちょっと筍とは違うイメージがあります。筍とはもっと小さな集まりのイメージです。広場に人々が集まってあらゆることに対して討論し合うそのような場所です。ヨーロッパではプラザと呼ばれる広場があり人々がそこに集まりました。
ノアはぶどう酒を飲んで裸になってしまいましたが、セムとヤフェトは着物で裸を覆いましたが、ハムはノアの姿を馬鹿にしました。その結果、ハムの子孫たちは今も大きな苦しみの中にあることもあります。ヤフェトはヨーロッパでキリスト教文化を開化させ繁栄しましたが、やがて形式的で中身がなくなってしまいました。
世界宣教を全うするために祈る筍となりましょう。筍長はお母さんのような愛がなければいけません。
イエス様は簡単な話をしましたがそれで権威がありました。筍長は御言葉を話すときにも権威がなければなりません。

2013年9月22日日曜日

尊い信仰と新しい命 ペトロの手紙講解17

◼2013/09/22
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ペトロの手紙二1:1−4
◼タイトル:尊い信仰と新しい命 ペトロの手紙講解17

★メッセージ

異端者が間違った教えにより人々を惑わしていました。
御言葉の基本に忠実になりなさいというのが本節のポイントです。

1.わたしたちの信仰は尊いものです
主イエスは弟子たちを呼び寄せられて使徒と呼ばれました。天の国においてイエスは今も使徒と共におられます。二つ目に宣教させます。
主の僕も一般の人々と同様に自分の生活に関するあらゆる権利を持っていますが、ここでの僕はギリシャ語のデュロスという言葉を使い本来持っている権限はありません。結婚しても何をしても一つも自分のものでなくすべて主イエスの者です。
我々はVIPであり限りない自由が保証されました。
ヨハネ5:24、ローマ3:23 どこにいても導かれる聖霊様を求めて歩みましょう。

2.主を信じ受け入れ従っていく者たちに与えて下さった祝福は何でしょうか?
登場グノーシス主義と呼ばれる間違った考えがはびこりました。神は完全であり霊的な存在だから人間のような肉体をもっては来ないとし、イエスはメシアでないと考えました。
恵みはいただく権利がない者がいただくものです。平和は隣人との関係で全く問題がなく心に平安があることです。

3.主の素晴らしい力により永遠の命(新しい命)と新しい本性を預かっています
信仰はただ口だけでなく行いにもよるものです。
祈りのスケールを大きくし正しい信仰に入りましょう

2013年9月19日木曜日

彼は私の心である

◼2013/09/19
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:彼は私の心である
◼聖書箇所:フィレモン1:1-16

★BibleStudy

テモテの手紙は個人の名前宛とはいえ牧会について書かれた手紙でしたが、フィレモンの手紙は完全に個人に宛てて手紙です。フィレモンはコロサイ教会のリーダーであり導く者でありましたが、この手紙は牧会に関するものではなく、一個人に宛てられた手紙でした。フィレモンは奴隷を持つある程度裕福な者であり、オネシモの所有権を持つ主人でした。
パウロ牢獄に囚われていたのではなく自宅に軟禁されているような状態でした。パウロはローマ市民権を持つ者でした。ローマに到着後、パウロを訴えた者がローマに着くまでの2年間の間、軟禁状態でありながら、訪ねて来る人々に福音を伝えます。結局、エルサレムから原告は現れず解放され、第5次の宣教旅行に行ったかもしれません。
このようなフィレモンとオネシモの個人的な問題に触れた個人的な手紙が新約聖書の27巻の一つとして含まれたことは不思議なことであります。私たちは職場で学校で一人の人との関係で悩んだりしますが、一人と一人との関係について触れたのがフィレモンの手紙ともいえます。
一人の問題は常に教会全体の問題であり私の問題でもあります。それが愛にあふれる教会の姿です。私は他の兄弟姉妹たちの重荷となっている者でしょうか?それとも他人の重荷を担い助けとなっているでしょうか?

単なる奴隷を愛しなさいというレベルではなく兄弟姉妹であるかのように考えて愛するようにパウロは伝えています。奴隷制度を変えるようにとはいいませんが、奴隷の身分の人がいるのは良いことではなく、兄弟のように自発的に愛するように勧めています。
ローマで監禁中に出会って自分の霊的な子供となり私の心臓でなくてはならないオネシモを赦してほしいと弁護しています。
奴隷を扱う利益関係ではなく恵みの関係、兄弟姉妹として受け入れてほしいと訴えています。利害関係の調整で疲れ切ってしまう人間関係が多くはないでしょうか。教会での恵みの関係しか人間を満足させることはできません。

2013年9月18日水曜日

真実な愛の交わり

◼2013/09/18
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:フィレモン1−16

★メッセージ

フィレモンの手紙は使徒パウロがフィレモンに宛てて書いた個人的な手紙です。オネシモはかつてフィレモンのもとから盗みの罪を犯した奴隷でしたが、救われて悔い改めました。
フィレモンの手紙の主題は真実な愛の交わりです。パウロは牢獄に囚われているときにこの手紙を書きました。私たちがキリストの愛に囚われているかどうか問うています。私たちはキリストと共に十字架に釘付けられたものです。
コイノニア:互いに交わっている状態、6節 愛の交わりが活発になるように願っています。
14節 パウロは使徒ですので命令して服従させる権威も持っていましたが、そうはせずむしろ愛に訴えました。フィレモンに主人としての当然の権利を放棄して愛に訴えるように勧めています。
ただオネシモの罪を水に流すようにしたわけではなく主の真実な愛の交わりをするように勧めました。

2013年9月17日火曜日

クレタ島での伝道

◼2013/09/17
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:テトス3:8−15

★メッセージ

クレタ島は霊的にも一般的な意味でも非常に乱れた場所でした。
8節 救いの真理を力強く解き明かすようにパウロはテトスに勧めました。伝える者が確信に満ちて御言葉をかたく伝えるようにとのことです。4−7節では救いと聖霊の満たしについて記載されています。聖霊の満たしが信仰生活の命でありこれを伝えなさいと言われます。
第一テサロニケ1:5 力と聖霊と強い確信によって伝えました。私たちの日本もクレタ島と状況は似ているかもしれませんが、真っ直ぐに御言葉が語り伝えられなければいけません。政治や歴史の話を聞きたくないという人もいますが、クリスチャンこそ歴史を学び向き合う必要があります。
11節 異端的な者については良く気をつけるように諭しています。クレタ島は議論が好きな場所でしたが、議論するような雰囲気を避けなさいと言われています。何かを詮索して議論するようなことを避け、御言葉を直接的に素直に受け入れるようにです。本物と偽物を見分ける分別力が必要です。ある陶工によると本物と偽物を見分けるには本物をよく研究しつくせばすぐに偽物を見分けられると言われます。真実な御言葉をよく学びましょう。
軽井沢に内村鑑三を記念した石の教会がありますが、彼は良い信仰者たちが最後に無教会主義に陥りローカルチャーチを軽視したことは非常に残念なことでした。身近なところにも異端的な考えはありますので、今安定しているからといって油断せず御言葉で満たされましょう。
12−15節 愛の実践を強調しました。他人を愛するとともに自分自身も他人に助けを求めましょう。隣人の必要を自分の必要のように満たしてあげることです。その必要のために祈り必要を補ってあげられるだけの経済的な祝福や心のためにも祈りましょう。

2013年9月15日日曜日

◼2013/09/15
◼ヨハン早稲田キリスト教会 TMGリトリート
◼聖書箇所:コリント一9:1-18

★メッセージ

人々は10分の1の献金を捧げレビ人はそのお金によって生計を立て神殿の奉仕に専念しました。その中からも10分の1を取り分け伝道などの用途に用いました。
イスラエルの民族はサム族でありもてなしをよく行う民族です。
聖地巡礼ではトルコから入りイスラエルに行きました。
TMGはイエス様がもっとも良いモデルです。イエス様は6人兄弟で最初は弟はみな反発しましたが、そのうち二人だけイエス様を受け入れることができました。一人はヤコブでヤコブ書を書きました。ルカはパウロの宣教旅行についていき医者として治療をしました。
プリスキラはある程度裕福な家庭であったようです。アキラは良心的で誠実に行う青年でした。
職場にいる人は福音伝道だけではなく会社に利益をもたらす人となって下さい。

旧約のTMGにはアブラハムがいます。飢饉が襲ったときエジプトまで行きました。そのとき、異邦の美人の誘惑も受けたでしょう。
女性は男性を支えるパートナーです。男性が主の栄光を隠すか表すかどうかという視点で見なければいけません。旦那が主の栄光を隠そうとしたらそれを強く阻止しなければいけません。
アブラハムは絶えず働き富を積むことになり異邦人の中でも尊敬されるようになりました。ヤコブも異邦の地で20年間無償で仕え後で大きな者になりました。

※TMG:Tent Making Missionary Group

2013年9月12日木曜日

主の中で満ち足りることを知る人生

◼2013/09/12
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:主の中で満ち足りることを知る人生
◼聖書箇所:テモテ一6:3-10

★BibleStudy

信仰によって心の状態や行動が変化しなければ本当の信仰とはいえません。家族や友達の一人も救えない、そのような信仰で満足してはいけません。日本の福音化のためには大勢の人が必要ではなく、一人の誠実な信仰者が必要です。
信徒の中にも信仰の道から外れてしまう人がいるという警告の言葉です。

羊の皮を被った山羊が教会にいることを警告しています。救われるのは同じ信仰でもその後の信仰は別々です。健全な信仰を持ち御言葉どおりにするならば主が保証して下さいます。日本ではクリスチャンになったとしても変な教えに惑わされて、伝道する人を中傷する者も多くいます。これらの者は石臼を首にかけられて水に落とされることになります。伝道を中傷するような者の話を聞くだけで何もしないのは従うのと同じです。これらにははっきりとNoと言って戦いましょう。そうしないとサタンは同意したと錯覚をしてさらに力を得て攻撃することになります。100倍の実を結びたい人はその分一生懸命励まないといけません。

満ち足りることを知る者か、金銭の欲望に駆り立てられる人の話です。お金の欲に惑わされて生活をめちゃくちゃにした者も多いです。隣人を自分のように愛すればその人を中傷したり浮気をすることはできません。自分がされたらどれほどつらいか知っているからです。

テモテの清い心畑

◼2013/09/12
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:テモテ一6:11−20

★メッセージ

テモテは足りないところが多くありました。年が若く優柔不断であり体力が弱くいつも病気がちでしたが、清い心畑のゆえに主に貴く用いられました。私が未熟であり足りないところがあっても主はそれを忌み嫌われることなく、むしろ孫のように可愛がってくださることを信じます。
召命には使命が伴います。現在での使命は全員が牧会者であり魂を導くことです。第一ペトロ2:9 あなたがたは選ばれた民
テモテは牧会書簡です。3章では監督、奉仕者について述べており、たいてい牧会者を意味しています。
かつて日本は戦後、苦しんでいましたが、1964年のオリンピックを通して自信感を得ました。今度の2020年のオリンピックでは、霊的な中心地となるように祈りましょう。日本は今までリバイバルしたことがないので主が力づけて下さり大きな成長を遂げさせてくださることを信じましょう。
6章では目上の人に対する態度について言及しています。執事が事業をしている会社で働く人は、上司が執事や教会の兄弟姉妹だからといっていい加減に仕事をしないように、会社は会社として精一杯仕事をしましょう。
6:12 信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。教職者は年齢と関係なく選ばれた者であります。黙示録1章にある7つの星は教職者を意味しています。どのように戦い抜けば良いでしょうか。それぞれ人には弱いところがありますが、聖霊に頼ってこれらを清め勝利させてくださるように戦い抜きます。
部下を伝道してもなかなか自分の教会に来ないかもしれませんが、上司を伝道すると自分の教会に来ます。教会で大切にされることに喜び、会社でも自分を大切にして下さるようになります。
お金を嫌いでも圧倒されてもなりません。

2013年9月11日水曜日

マンモンの誘惑

◼2013/09/11
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:テモテ一6:3−10

★メッセージ

この手紙はテモテが良き牧会者になれることを願って書かれました。4:12にあるように、パウロはテモテを愛しており、若くても軽んじられることなく牧会ができるように祈りました。我々は全員が牧会の働きを行うことができます。
牧会者として生きるつえで気をつけなければいけないことは、まずお金の問題です。社会で成功したりお金を得られたりすることもありますが、それ自体がキリスト教の目的ではありません。イエスキリストを信じると豊かさが与えられますが、アメリカではそれを目的としてしまう悪い習慣もあります。キリスト教で仕事での成功や金持ちになることを追究する動きがあり危険なことです。クリスチャンの最高の人生の目的は主を礼拝すること、主に仕えることです。この世の利得はむしろ私たちの信仰を主から話してしまう悪い種となってしまいます。
お金で縛られているマンモンという悪魔がいます。人格を持った悪魔であり、私たちを誘惑し罪に陥れる悪魔です。拝金主義を英語ではマンモニズムと言いますが、マンモンの誘惑の結果です。最初にお金儲けを始めたのはカナン人でした。フェニキア人とも呼ばれますが、彼らはティルスやシドンの街を作り、農業には向かなかったため商売を行いました。農業は一つのところにとどまり種を蒔き育て収穫しますが、商業はどんどん移動し世界にまで出ていきます。食欲には限りがありますが、金銭欲には限りがありません。商売をする人は良く気をつけなければいけません。祈りながら訓練されて備えなければいけません。
武器を販売する人は死の商人と言われています。彼らは悪質であり戦争をしている両方の国に武器を売りさらに戦争をひどくしてお金を稼ぎます。
商人の信仰になってはいけません。農夫の信仰を目指しましょう。自分に任された土地に種をまき忍耐して育て大地の貴い実りを待ちます。私たちは任せられた職場やキャンパスで忍耐しながら良く福音を伝え魂の実りを待ち望み励みましょう。

2013年9月10日火曜日

最も大切なのは命を保つこと

◼2013/09/10
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:テモテ一5:17−6:2

★メッセージ

仕事は生活をするために必要ですが最も大切なのは命を保つことです。どんな優れた医者でも命を与えることはできません。命の御言葉を与え主に導く霊的指導者が二倍の報酬を受けるべきと言っているのはそれゆえです。教職者や長老は主が立ててくださったものであり、彼らを尊敬し仕えましょう。マルコ9:41 キリストの弟子だという理由でいっぱいの水を飲ませるものは神の報いを受けます。
当時は奴隷が多い時代でしたので、奴隷と主人との関係について記載されています。恵みのもとにいるクリスチャンたちも社会のルールに従うように言及しています。主に対する献金もするが税金も正しく納めなさいということです。クリスチャンの正しい行いを見て、世の人々がキリストを知るチャンスとなるためです。しかし、この世の命令が主の教えと反する時は、主の教えを守りましょう。聖書を伝えてはいけないと命令されても、あらゆる手を尽くして人々に福音を伝えなければいけません。口で福音を伝えるとともに行いを通しても伝道しましょう。

2013年9月8日日曜日

KOSTA後の私たちの目標(Ⅲ)イエス様の弟子訓練

◼2013/09/08
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:使徒言行録6:7、19:20、テモテへの手紙一4:6−7、4:11−16
◼タイトル:KOSTA後の私たちの目標(Ⅲ)イエス様の弟子訓練

★メッセージ

イエス様は弟子たちを選ばれました。
5番目にイエス様はすべての弟子たちに模範を示されました。ヨハネ13:15 あなたがたを私のようにするようにと模範を示したのである。伝道の仕方をただ教えるのではなく模範をもって示されました。このような働きをヨハン教会も行なっていきましょう。
6番目にイエス様は弟子たちに権能を授けられました。マタイ10:1 汚れた霊に対する権能をお与えになった。
マタイ28:18−20 天と地の一切の権能を父なる神様から委ねられて受肉されました。そしてそれをはっきりと示して下さり、天にあげられる前に弟子たちに権能を授けられました。乗法繁殖的な福音化が可能です。
7番目にイエス様は弟子たちを徹底的にチェックされました。戻ってきた弟子たちを励ましアドバイスしまた送り出しました。信徒と教職者との間のコミュニケーションが必要です。
8番目に霊的な再生産を委ねられました。

選ばれた弟子たちに特別な資質を与えられました。良質な弟子の特徴があります。
第一は三位一体の神様、真理に対して知りたいという渇望があるかどうか。マタイ4:18 人間をとる漁師にしようと言われた。
第二は柔軟性です。人間は計画をもって動きますが、もっと大切なことを悟ると相対的に適用し、間違っていたことを悔い改め正しく行動することです。
第三は継続的に学びたいという態度です。マタイ5:1−2、48 天の父が完全であられるようにあなたがたも完全なものとなりなさい。使徒パウロが貴く用いられたのはフィリピ3:7のゆえです。世の中で有利なことをすべてを損失とみなしています。イエスキリストを知ればしるほど無限の価値を見出せるからです。
マタイ5章から7章は弟子化に対するメッセージです。マタイ5:16 その実で見分ける 20節 その実で彼らを見分ける。
第四に弟子たちに忠実さを求められました。マタイ25:21 少しのものに忠実であったから、多くのものを任せよう。小さなことに忠実であるか、小さなことに忠実でないと大きなこともできないからです。コリント第一4:4
第五は他の人々を導く資質があるかどうか。ヨハン教会では、筍の集い、主日の弟子訓練、平日の訓練、春・秋のバイブルウィークと各種の弟子化訓練を行っています。これをよく学びながら伝達していきましょう。死海のように流れが停滞したら腐ってしまいます。乗法繁殖では一年に一人が三人くらい育てます。17年間で40億人、18年間で120億人が可能です。

筍の集いが活気あふれるようになるようにするにはどうすれば良いでしょうか。上を向いて行動することです。テサロニケ第一の教会のように。希望を持って忍耐している、マケドニア州で模範となっている、揺れずに真っ直ぐに信仰生活を行って実を結ばれた。
いつも祈り課題ばかり分かち合っているだけでは内向的な集まりになってしまいます。仲が良すぎるグループが陥りやすい過ちです。日本総福音化に対するビジョンをわかちあい、まず神の国と義が何であるか考えましょう。クリスチャンは外向きにならなければいけません。
本日、東京でオリンピック開催が決まったのにもかかわらずテレビで嬉しい反応を示す人が少なかったのは残念なことです。顔を通しても感謝と喜びがあふれるようにしましょう。
初代教会、120人が集まって祈っているとき聖霊が下り、120万人に福音を伝える大きな流れとなりました。筍の集いからムーブメントが起こされるようにしましょう。
ムーブメントが起こされるためには、第一に単純でなければなりません。標準化と統一性です。第二に分離、次々と次のリーダーを生み出していきます。教材はわかりやすく皆が学べるようにします。

2013年9月5日木曜日

監督の職

◼2013/09/05
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:テモテ一3:1−13

★メッセージ

監督の職とは必ずしも長老や執事に限らずに、聖霊に満たされて罪に陥らずに歩めるように導く役割をする者です。世の中の監督のイメージは君臨するものですが、聖書の監督とは仕える者です。
日本では年金の大きな問題を抱えていますが、なぜそのようになったのでしょうか。年金を管理している国、指導者に対して盲目的に従順してしまうからです。年金の不払い問題が起こっても誰も咎めません。きっちりしたことが大好きな日本でそれほど多くの年金データがなくなってしまうことは普通には考えられません。
ルカ16:19にあるように、地獄に落ちた人は決して満足せず、家族の誰一人もが地獄に来ないように願います。
日本人は小規模では正直に振る舞いますが、大規模では正直でなくいい加減に振舞ってしまいます。
クリスチャンはすでに天国行きの切符をもらっていますので何も心配する必要がありません、しかし、それにふさわしい生活が身についていません。だから、筍の集いや訓練で成長します。
イエスキリストのメッセージの3分の1が食事中にしたものです。もっともてなしましょう。日本は豊かなのに人々に分け与える心がありません。隣にいても見えないのです。韓国では、豆一つでも分けましょうという言葉があります。けちな人は人ではなく物が好きです。物は変化がなくあきてしまうでしょう。イエスキリストを信じると人間が大好きになります。人間が好きな人は幸せな人です。
アブラハムは知らないうちに主と天使二人をもてなしました。それゆえにイサク誕生の預言をいただきました。
4節 品位を持つのはマナーを持つことです。世の人々でも品位がある人はいますが、クリスチャンは清い品位を持って歩みましょう。
クリスチャンは主にあって良いコメディアンになりましょう。いつも人々を励まし笑わせましょう。100回失敗したなら101回目に挑戦しましょう。

雄々しく戦いなさい

◼2013/09/05
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:雄々しく戦いなさい
◼聖書箇所:テモテ一1:12-20

★BibleStudy

手紙では牧会の方法やテクニックを書いているわけではありません。筍の集いを導くにもいろいろ問題がありますが、まず自分自身が恵みを受ける場所となりましょう。また、御言葉を通してそれぞれの生活の深いところを分かち合う場所となりましょう。

パウロはテモテに真理に基づいた正しい信仰を教えました。
証は面白いから良いわけではなく平坦だから悪い証というものではありません。証を聞いたらイエス様を知ってもっとイエス様に近づきたいと思えるならば良い証であり、聞いてもイエス様が隠れてよくわからないならば悪い証でしょう。

パウロは自分を使徒の働きにつかせて下さったことに感謝しています。パウロは立場を考えるならば感謝するよりも苦難の連続ばかりでしょう。餓えと乾きに苦しみ、石を投げられ、難破し、死にそうになったことも何度もです。
パウロは自分の過去を知っているがゆえに主が成してくださったことにいつも申し訳ない気持ちを持っていたはずです。
自分の過去を思いながら救って下さり今の場所を与えて下さったことに感謝しましょう。感謝の敵は不平不満であり、不平不満の一番の薬は感謝です。
イエス様なしでこの世の現実を知るならば絶望的でしょう。私たちはイエスキリストを知っていますので希望があります。
にもかかわらず主に感謝します。単純にただただ感謝します。

ヒメナイとアレクサンドロは正しい良心を捨て信仰は挫折してしまいました。

2013年9月4日水曜日

男らしさは祈ること

◼2013/09/04
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:テモテ一2:8−15

★メッセージ

8節 男の役割は祈ることだと述べています。祈る男はかっこ良いということです。主は兄弟たちに霊的な権威を与えられました。祈りに励む兄弟たちになりましょう。「怒らず争わず」とあり争いをすることが男らしさではありません。男は争いが好きですが、しかし、それでいおろいろなものを壊してしまいます。男はプライド、虚栄心が強いですが行動が伴わないことが問題です。
当時は、手をあげて祈ることが一般的でありましたが、「清い手をあげて」と言われているとおり、清い心で祈りましょう。
「どこででも祈りましょう」とあり、どこでも祈ることが大切です。祈りをやめること自体が罪です。
女性たちは身なりをよく気にしますが、服装によって教会の秩序を崩していたことがエフェソ教会では見られました。身なりを整えることは良いのですが、節度ある服装にしましょう。世の人々は、お金の問題と性的な問題でたいていすべてを台無しにしてしまいます。

11-12節 女性が教えてはいけないと言っているのではなく女性と男性の役割を考えましょうということです。主なる神様はアダムとイブを平等に作られましたが異なる役割を与えられました。
15節 信仰と愛と清さを保ち続けることが必要です。また子供が家庭に生まれて豊かに祝福される家庭になります。

男らしさは祈ることであり、女らしさは主に従順し男に協力して歩むことです。

2013年9月2日月曜日

テモテの清い心

◼2013/09/02
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:テモテ一1:18−20

★メッセージ

子供のとき同じことで繰り返し叱られたことがあるでしょうか?これが祝福です。旧約聖書では民たちは繰り返し罪を犯しそのたびに叱られました。うまくいっているときにも預言をしました。
噂によるとペテロは鶏が鳴くたびにイエスキリストを裏切ったことを思い返し悔い改めたとも言われています。
子供の時に誤った教育を受けるとそれが生涯に影響します。父親のいない家庭では母親が育てることになります。通常の女性指導者は決定はできますが決断ができません。兄が面倒を見ることもありますが父親のように叱ったりはできないでしょう。
致命的な自分の弱点を隠そうとするものは次の世代にまでその罪を引きずります。主の前にすべてをオープンにして下さい。アウグスティヌスは幼かったころの過ちまですべての罪を明かしています。
私たちは未熟であることを早く気づいて悔い改め主の喜びとなりますようにしましょう。

パウロは弟子を育てましたが、特にテモテを用いました。使徒パウロはテモテを「まことの子」と呼んでいます。5節にあるように、清い心と正しい良心と純真な信仰を持っていたからです。ヨハン教会のスピリットはこのような清い信仰を持って日本宣教に励んでいくものであります。テモテは清い心を持っていましたが、優柔不断なところもありました。決断において弱いところもありましたが、清い心であるゆえに将来有望と判断されました。
御言葉を伝えるほうも重要ですが聞くほうの態度も重要です。4つの土地のたとえである良い土地になりましょう。正しく御言葉を聞いて自分のものとして吸収します。
主は、若くて優柔不断で足りないところのあったテモテを送ったことを考えて下さい。何か能力があるからと言って高慢にならないで下さい。
KOSTA後の私たちは基本に立ち返ってキリストの弟子訓練を行いましょう。弟子訓練とは自分がイエス様の弟子であるか確認することです。自分の弟子を作ることではありません。心さえ正しければ訓練はいくらでもすることができます。
テモテと対象的な人としてアレクサンドロがいます。

2013年9月1日日曜日

KOSTA後の私たちの目標(Ⅱ)

◼2013/09/01
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:使徒言行録6:7−7
◼タイトル:KOSTA後の私たちの目標(Ⅱ)

★メッセージ

高慢であるといただいた賜物を自慢してしまいます。
御言葉によって訓練され強められ確信を与えられますが、自分の生活は別だとすると危険なことです。
使徒言行録1:8にあるように聖霊に満たされると周囲に御言葉を伝えるようになります。ヨハン教会では、東京、新宿あたりの人々に福音を伝えています。
五つの至上命令を与えられました。マタイ28:18、ルカ、、ヨハネ20:19、使徒言行録1:8
平信徒だからといって教職者に依存しすぎるとこれは新約聖書の教会ではありません。新約聖書では万人祭祀の考え方があります。全員をクリスチャン化させることは不可能でも福音化させることは可能です。御言葉を伝えたならば、それを受け入れるか受け入れないかは本人次第です。
マルコ3:13-14 イエスキリストは弟子たちを呼び寄せられ12人を任命し使徒と名付けられました。
いつまでも自分の職場、キャンパスに携わっているような小さな考えではいけません。早く日本全体そして世界の福音化を意識して励みましょう。

2.主は弟子とともに時間を過ごしました
十年経っても変わらない人の理由は一緒に生活してみるとわかります。両親が偶像礼拝をしていてそれに影響されてしまいます。
ただ一緒に食事するだけではいけません。互いに分かち合うことが大切です。自分の料理を他の人にも分け与えましょう。おごってみましょう。

3.主は弟子たちに高いレベルの献身を要求しました
イエスキリストは頭がいい人ではなく従順な人を選びました。一番頭が良かったのはイスカリオテのユダでしたが裏切りました。
サムソンでは10のタイプの人をわけますが、そのうち頭が良い人ではなく忠実な人にも重点を置きその人たちを育てます。頭が良い人は条件次第でころころ態度が変わってしまうからです。給料が悪くなると別の会社に移ってしまいます。
第一コリント4:1 管理者に要求されるのは忠実であることです

4.主は弟子たちを教えられました
偽教師たちが御言葉を歪曲して教え人々を惑わしましたが、イエスキリストは理論的に正しく教えられました。
ヨハン教会では平日に筍長たちに聖書勉強を行い、筍長が主日の筍の集いを導きます。

5.主は弟子たちに模範を見せました

2013年8月29日木曜日

聖霊の特徴

◼2013/08/29
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:使徒言行録4:1−11

★メッセージ

旧約聖書では聖霊があまり登場しませんが、聖霊の働きがなければ御言葉を読むことも祈ることもできません。聖霊の力が何であるか、肉体的な力、精神的な力、霊的な力、その力を体験しましょう。
聖霊の特徴は火と風です。何かが物理的に熱くなるわけではないですが、心が燃え上がります。
五旬祭は三大祭りであり聖霊様が中心の祭りです。120人の人が集まって祈っているとき、聖霊に満たされました。
イスラエルの民は救済を好んで行います。誰かが困っていたなら喜んでお金や財産を差し出しました。
使徒言行録では弟子化訓練により連続的に弟子が生み出されます。

信仰を守り通す

◼2013/08/29
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:歴代誌下35:1−19

★メッセージ

神様に選ばれた民であるにもかかわらず神様から与えられた律法の書をなぜ忘れてしまったのでしょうか。神様から選ばれたイスラエルの民でさえ信仰を守り続けることがこれほど難しいのです。私たちはどうやって信仰を保つのでしょうか。
私たちには信仰を守り通す能力は全くありませんが、主ご自身が私たちと結ばれた契約をもって守ってくださいます。
過越祭は第一の月の14日ですが、出エジプトの後、初めて行った主へ捧げる礼拝でありこの日に決まりました。ここでいけにえを捧げ罪を赦していただきました。私たちも毎日ごとにイエス様に悔い改めの祈りを捧げ罪を清めていただきましょう。
過越祭の準備の過程が出ていますが非常に細かいものでした。王は自分の財産の中から小羊、子山羊三万匹、牛三千頭を捧げ、それにならって他の民も次々と捧げました。私たちも主に喜んで豊かに捧げましょう。捧げれば捧げるほど皆が豊かに満たされます。自分だけで使うならば私だけの自己満足の虚しいものですが、主に捧げれば皆が豊かになります。
一番の捧げ物は自分の人生を捧げることです。献身は主が多いに喜ばれます。教会からも献身者が生み出されるように祈りましょう。

2013年8月27日火曜日

若年王ヨシヤの働き

◼2013/08/27
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:歴代誌下34:1−13

★メッセージ

ヨシヤは8歳と若くして王となり聖化に尽くしました。旧約聖書で主に用いられた王として必ず名前があげられる人です。主の働きをするのに年齢は関係ありません。若くても主は用いられます。一方でアブラハムは75歳で用いられました。主にとって年齢は関係ありません。
エレミヤ1:6-8 エレミヤも最初自分の若さゆえに躊躇しましたが主は共にいるといってエレミヤを励ましました。私たちも若かったとしても主が共におられます。喜んで主の働きをしましょう。
4節 人々はヨシヤの前で自らバアルの祭壇を壊しました。ヨシヤ一人で行ったのではなく彼の行いに皆が共感して祭壇を壊したのです。私たち日本人は小さいときから神社などの偶像礼拝と身近にあったため、信仰を持っても偶像礼拝に対して妥協してしまうことも多くあります。しかし霊的な妥協は後から自分を苦しめることになります。伝道するときも人々に妥協してはいけません。はっきりとした態度で善悪を伝え御言葉で人々を主に導きましょう。
8節 ヨシヤが小さいころは高官たちがサポートしましたが、ヨシヤが王になって18年目に神殿再建にとりかかり10年かけて行います。神殿とは神様が臨在され主への祈りが捧げられる場所です。家でも礼拝はできまずが何よりも主がおられる教会に来て礼拝を捧げるべきです。教会には主の目があり主の耳があるからです。教会を通して神様との信頼関係が築かれていきます。魂がこの場所を通して救われるように祈りましょう。

2013年8月26日月曜日

マナセの罪と悔い改め

◼2013/08/26
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:歴代誌下33:1−25

★メッセージ

悪を行う者は主が裁かれます。敵国の指導者が死ぬように祈ることもあるかもしれませんが、それは主がなさることです。もし主が罪人を罰するとしたら、私たちも皆罪人であり全員滅ぼされてしまうでしょう。
マナセは55年間の在籍中、50年間悪を行い5年間だけ主の目に良いとされることを行いました。その子アモンは父親の悪いところを見習い悪事を行いました。彼は22歳で王となりましたので、父親が悔い改めたのは17歳の時でしたが、それまで見た父親の行動のほうを覚えておりその悪事を引き継いでしまいました。
自分とは違った考え方をしていて成功している人をみると影響されてしまうことがあります。早天に来なくても仕事がうまくいっている、子供が授かっている、良い人間関係を築いている、だから私も早天に行かなくても良いと考えるのは大間違いであります。主に喜ばれない者は今は栄えていても必ずやがて倒れます。
中身が大事だと悟った人は外側も変えていきます。親世代だけでなく子供の世代、孫の世代、ひ孫の世代まで信仰がいかなくてはいけませんが、子孫に信仰が継承されないため日本ではなかなかリバイバルがなされません。ある教会では80歳の人が教会に行くと若手だそうです。それ以上の年の人しかいなく80歳の人はたくさんの奉仕があるそうです。これはなんという現実でしょうか。
歴代誌では王が罪を犯して悔い改めたが子供が罪を犯してまた悔い改めるということを繰り返しますが、主はその中で待っておられます。主は罪人を切らずに悔い改めを待っておられます。

2013年8月25日日曜日

実を結ばない土地

◼2013/08/25
◼ヨハン吉祥寺キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:マルコ4:1−9

★メッセージ

KOSTAでたくさんメッセージを聞いて恵まれましたがその後の一週間の生活はどうだったでしょうか?いただいた御言葉を適用して 実を結ぶ生活だった人もいれば何も変わらない人もいるでしょう。御言葉は種であり良い土地に落ちるか悪い土地に落ちるかで実りが違います。
詩篇23編に慰めがあります。ダビデは羊飼いであり何もない者でしたが、主が導かれました。主は羊飼い、わたしには何も欠けることがないと告白しました。
アブラハムは主から呼ばれてカナンの地を目指しましたが、当日、どんな場所かわからない地に旅立つことはどれほど困難であったことでしょうか。当時は盗賊もおり旅は危険なものでもありました。それでもアブラハムは主の言葉に従い旅立ちました。
信仰の目を養いましょう。ヨハン吉祥寺キリスト教会は今は小さいかもしれませんが、5年後、10年後、どうなっているか期待してビジョンを持って下さい。今やっていることが何もならないと考えないで、信仰の目で見て下さい。
石だらけの土地では根を深く張れないため強い風が吹くとすぐに倒れてしまいます。ちょっとした大変なことがあると倒れてしまう人は石だらけの心です。
茨の地とは信仰がない人のことです。

2013年8月24日土曜日

自己責任には愛がない

◼2013/08/24
◼ヨハン早稲田キリスト教会 土曜礼拝
◼聖書箇所:ヨハネ17:20−26

★メッセージ

バブルのころに就職しリストラされてホームレスになってしまった人がいます。この世代の人には自己責任という概念があります。他人や社会でなく自分が悪いと思っており、どこにも相談したりはけ口を見出すこともできません。自己責任の念にさいなまされがら生きている人が増えています。ここには愛がなく残念なことです。
ローマ12:14 あなたがたを迫害する人のために祝福を祈りなさい。愛とは祈りをやめず続けることです。
使徒言行録2:43-47  ヨハン教会でも兄弟姉妹が愛をもって互いに助け補っていきましょう。
マタイ28:18-20 大宣教命令、ただ言って弟子にしなさいと言ったのではなく、主が常に共にいると約束されておられます。その中で魂の働きをしなさいとおっしゃられました。

2013年8月22日木曜日

霊に燃え主に仕える

◼2013/08/22
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:テサロニケ一1:1−10

★メッセージ

霊に燃え主に仕える

テサロニケの教会は最初は使徒パウロの眼中になかった場所であります。)パウロは福音伝道の効率性を考えて東のほうに向かおうとしていましたが、主はそれを阻止されました。ギリシャ語は英語の前身です。
テサロニケ教会は異邦人中心でありながらマケドニア地方で最も模範的な教会となりました。
聖霊に満たされると分別力と判断力がつき秩序良く計画的に行います。
使徒パウロには自分の立場を保証してくれる人がいませんでした。使徒パウロは改心する前にクリスチャンを徹底的に迫害する人であったので、その報いを一生涯受けたともいえます。
8節 何にも付け加えて言うことがない、あなたに対する戒めや叱ることはなく主が満足しておられます。
9節 偶像から離れて神に立ち返り  ギリシャは偶像にあふれていた場所でした。今の日本もこのように偶像から離れて神に立ち返れば大きなリバイバルへとつながります。偶像礼拝は最悪な罪であり神様の大きな怒りを招くものです。子供や配偶者が自分の偶像を作りそれに向かって話し出したらどういう思いをするでしょうか。
非の打ち所なくとは、神秘主義ではなく、私たちの体力・霊性が守られ経済的に祝福され同労者が与えられ主に捧げられることです。
5:13互いに平和に過ごしなさい  信徒たちの仲が悪くなりけんかがおこることは牧会者にとっていちばん辛いことです。そのため、信徒たちの間にもリーダーがたくさん生まれ、よく仲裁することができるように。
5:16いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。

ヨハン早稲田キリスト教会がテサロニケ教会のような働きができるように祈り励みましょう。

2013年8月18日日曜日

ただイエス

◼2013/08/18
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ルカ2:41−51
◼タイトル:ただイエス

★メッセージ

名誉を失ったら大変で、健康を失ったらもっと大変です。これよりもっと大きな無くしものがあります。両親を失ったら山に埋めて、子供を失ったら心に埋めるという言葉が韓国にあります。両親を失うこと、子供を失うことはもっと深刻なことです。
本日は、イエス様を失ったヨセフとマリアの物語です。自分の子供を失ったのではなくイエス様を喪失した状態でした。みなさんはイエス様を失ってはいないでしょうか。KOSTAでの恵みにもかかわらずイエス様を失ってはいないでしょうか。
なぜヨセフとマリアはイエス様を忘れてしまったのでしょうか?まず、イエス様がいないことを知りませんでした。私たちもイエス様を正しく知っているかどうかが問題です。知識としての知っているではなく体験して知っているかどうかです。
両親はイエス様を見つけようと三日間探し回りました。相当に疲れたことでしょう。イエス様を失ってしまうと霊的な疲れ、精神的な疲れ、肉体的な疲れを伴います。さらに経済的な困難も伴います。イエス様を三日間探し回り引き返す手間を考えると少なくとも4日間失いました。経済的にもそれなりの損失です。すべての貧困や困難がイエス様を失ったからではありませんが、ある種のものはイエス様を失ったからであります。毎週の礼拝を通して、日々のディボーションを通してイエス様を探し見つけて下さい。

2013年8月11日日曜日

イエス様!世の真の自由

◼2013/08/11
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ヨハネ8:31−36
◼タイトル:イエス様!世の真の自由

★メッセージ

32節 あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする
ここでいう知るとは体験するという意味です。

第一は真理が自由にして下さるのか?ヨハネ3:16
ヨハネ13:34-35 互いに愛しなさい、ヨハネによる福音書の最終結論のような箇所です。
喜びの道、平安の道、失敗のない真理の道です。真理とは勉学の有無で差が出るものではありません。東西南北どこでも同じ真理でなければなりません。

第二にイエス様は弟子たちをどのように自由にして下さるのでしょうか?36節 もし子があなたたちを自由にすれば、あなたたちは本当に自由になる。
ヨハネ1:12
ヘブライ9:27 キリストも人々の罪を救うためにただ一度死なれました。
ローマ8:28 キリストが人を罪から解放しましたので、罪の罰を受けることはありません。

罪を犯せばサタンの悪霊の力に支配されてしまいます。最も大きな罪はイエスキリストを無視することです。
聖霊様は味方を中心にしてイエスキリストを大切にするようにされます。