2013年7月28日日曜日

天に富を積みなさい

◼2013/07/28
◼ヨハン吉祥寺キリスト教会
◼聖書箇所:マタイ6:19−24

★メッセージ

財産を持ったりお金持ちになることを禁止しているわけではなく地上に富を積んではなりませんと言われています。クリスチャンのイメージだと潔白であり質素であり富とは関係ないように思われるかもしれませんが、お金を持つこと自体に問題はありません。もし、教会で食事を出さず各自持参して下さいということだったらなんと残念なことでしょうか。問題なのは、富に執着する人間の心です。金銭、名誉、地位、身分等への愛着が地上の富となります。
私たちはどのようにして地上の富を積んでいるのでしょうか。最初は主なる神様に捧げようとという良い動機から始めますが、やがて人からの評価に左右されたり、仕事に夢中になったり、金銭の誘惑に陥ってしまうことがあります。これが地上に積む富となります。

二つ目には天に富を積むものとなりなさいと言われています。聖書に不正な管理人の例えが登場します。主人からクビにされそうになったので、主人に借金のある人の負債を軽くしてやり逆に恩をうることで、仮に自分がクビになったときに雇ってくれそうな人を準備しました。セーフティネットを張ったのです。イエスキリストはこの不正な管理人を褒められます。悪いことではありますがよく準備していたからです。この世でも起業をしようとする人はいろいろな仕事を試してみようとしますし、学者になろうとする人は勉強して備えます。クリスチャンはイエスキリストから天国に迎えられる準備をしていきます。
クリスチャンはこの世においては旅人にすぎず、天国での報いを期待するものであります。そのためにこの地上においても主に捧げていくのですが、何でも勝手に捧げればよいのではなく、主が何を喜ばれるのか祈りながら捧げる必要があります。人にプレゼントをするときにも自分がいいなと思うものを贈るのではなく相手のことを考えてもらったら嬉しいだろうなと思うものを贈ります。主が私に何を求められているか主の御心を覚えて捧げます。自分が持っているものの中から精一杯捧げるときに主は喜ばれます。

第三に、私たちは天と地上の両方に富を積むことはできないということです。私たちはいざというとき神様のほうからカットしていくことが多くあります。経済的に困難になれば十一献金を削減したり、時間が足りなくなれば礼拝にでなくなります。

2013年7月25日木曜日

ソロモンの受けた祝福と背信

◼2013/07/25
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:歴代誌下10:1−19

★メッセージ

ソロモンは一日10回程度、半さいのささげものをしました。これは並たいていなことではありません。ソロモンの主に対する態度は初めは真実でした。「お前は私の民を正しく裁判する力を求めた。自分の利益は求めなかった。だから求めなかった知識や富や権力も与える」と主なる神様が言われました。
ソロモンがささげたのは全く疑いなく全身全霊をもって1000回のハンサイの捧げ物をしました。ソロモンはバトシェバとの関係で生まれた四人目の子です。ダビデが罪を犯してから10ヶ月目にナタンを通して叱責が与えられダビデは必死に悔い改めました。詩篇の7章分にわたって悔い改めの祈りが捧げられています。そのもっともたるものが詩篇51篇であり、罪を犯して失った6つのことの回復を祈ります。喜び、主に捧げる心など。ダビデの悔い改めに対して、命は奪わないがダビデの家系に血が絶えないと言われました。その試練を通してダビデは罪を犯すよりももっと大きく用いられました。ダビデの正統な妻ではなく罪の関係のバトシェバから次の王が生まれました。そのような大きな祝福を受けてソロモンは育ちました。
ソロモンの問題は自分の栄華を表すために大量の費用と人材を利用したのが問題はでありおかしくなりました。奴隷を従え大量の人材を使い建築を行いました。老境には1000人の妻を迎えましたがどうやって1000人と交わりを持ったのでしょうか。一人の配偶者と関係を保つのも大変というのにです。
最初からうまくいってしまう人はたいてい最後が悪くなリますが、労苦して謙遜に訓練された人はすべてを感謝し主に栄光を帰すようになります。
列王記上11:5にソロモンの偶像崇拝の対象が書かれています。シドン人の女神アシュトレト、アンモン人の神ミルコム、モアブ人の神ケモシュ、アンモン人の神モレクを崇拝しました。ダビデは道徳的な罪を犯しても主に対して罪を犯しませんでしたが、ソロモンは主に対して大きな罪を犯しました。主はソロモンに警告を二度もしますが聞かないため、三人の敵対する者をおこします。列王記11:14 エドム人ハダド、レゾン、ヤロブアムを敵対させました。すべての人間関係は主との関係で守られるものですが、主との関係を疎かにしたものはこのように敵対する人間関係ばかりになります。それは私たちの職場生活や日常生活でも同じです。
広い意味での弟子にならずに狭い意味での弟子になりましょう。主はいつも狭い意味での弟子について語って下さいました。

レハブアムはヤロブアムに、ソロモンの時代は税金が重く国民が疲弊しているので税金を軽くして下さいと頼みました。経験豊かな長老たちは国民の意見を聞いて下さいと言いましたが、友達のようなチンピラの若者はもっと税金を重くするように言いました。そしてヤロブアムは若者の意見に従ってしまい、これが国の運命の別れ目でした。結果、イスラエルは南北に分裂しました。
ヨブは三人の友達がいましたが、この友人はヨブよりも信仰に厳格でヨブを叱りました。ヨブはこのような信仰の友人を大切にしました。ダニエルもそうです。ダニエルの三人の友人たちは決して信仰に妥協せず獅子の穴にも落とされましたが無事でありやがて国の重要な役人となりました。三人以上の信仰の友人を作りましょう。

2013年7月21日日曜日

キリストによる苦難を喜びなさい

◼2013/07/21
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ペトロ一4:12−19
◼タイトル:キリストによる苦難を喜びなさい
        ペトロの手紙講解14

★メッセージ

イエスキリストの人に仕える態度がどれほど素晴らしかったことでしょうか。それによって人々が感動を受け心を開き主を信じるようになりましょう。一刻も早く人々が主を知り信じるようになるように祈りましょう。人々の救いのためにはイエスキリストと共に我々も苦難を背負う覚悟が必要です。
ペテロの手紙を書かれたときは悪名高い皇帝ネロがローマを治めていたときです。何の罪もないクリスチャンたちを十字架につけ火をつけて殺したり、闘技場にライオンを放って食べさせたりしました。

1.苦難が迫る時、やってはならなこと
12節 試練を何か思いがけないことが生じたかのように驚き怪しんではなりません。驚き怪しむのは何も知らずに右往左往することです。主の中にあって誘惑や偶然の惨事はありません。試練、テストがあるだけです。
15節 主のものを盗むとはどういうことでしょうか。クリスチャンは流石に強盗や万引きをしないかもしれませんが、第一に給油泥棒です。仕事をいい加減にしてもらう給料の分を働かないことです。また、マラキ書にある十一献金を捧げないことです。また悪事を行うことも盗みと同じです。
16節 キリスト者として苦しみを受けるなら決して恥じてはなりません。
日本でアンケートをとると宗教を信じるならキリスト教を選びたいと思う人が60%もいるのになぜまだ成長しないでしょうか。この日本の救いのためにヨハン教会連合が遣わされたことに感謝し福音伝道に励みましょう。必ずいつの日かリバイバルのために大きな働きを担ったのがヨハン教会連合であったと評価されるくると信じます。
韓国ではイエスキリストのために大きな苦難を受けた人々がたくさんいます。孫良源先生は自分の二人の息子を共産軍に殺されました。朱基徹牧師は日帝時代に神社参拝を拒絶し刑務所にてひどい迫害を受け獄死しました。

2.苦難が迫る時、やるべきこと
13節 キリストの苦しみにあずかればあずかるほど喜びなさい。教会がバカにされ自分が信仰のゆえにバカにされるとき喜びなさいということです。そのとき主は自分の仲間だとみなして下さり憐れんで下さいます。コリント一2:10、2:14、マタイ10:17

16節 むしろ、キリスト者の名で呼ばれることで、神をあがめなさい。かつて兄からひどい迫害を受けました。蹴られたり服も捨てられたりひどい状況でした。その兄が一番最初に信じ受け入れある集会で弟を迫害したことを涙とともに悔い改めました。今はアメリカの大きな教会の長老となっています。迫害は必ず祝福につながります。
主のために苦しみにバカにされることをむしろ喜び、祝福が百倍、一万倍与えられることを期待しましょう。
ローマ12:14 迫害する人のために祝福を祈りなさい。呪ってはなりません。

2013年7月14日日曜日

終わりの時代を生きる聖徒の姿勢(Ⅱ)

◼2013/07/14
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ペトロ一4:9−11
◼タイトル:終わりの時代を生きる聖徒の姿勢(Ⅱ)
        ペトロの手紙講解13

★メッセージ

1.互いに不平を言わずもてなし合いましょう
もてなすということは大変です。相手が何を望んでいるかをよく把握して行う必要があるからです。冷たい水を望んでいる人に暑い水を出せば怒るでしょう。
韓国で日帝時代に迫害を受け戦後アメリカに渡って世界中の教会のリバイバルに貢献したアニス女史は、日本に招かれたとき、2ヶ月間全国を回ったにも関わらず一つの家庭にも招かれたことがなく、食事をご馳走されたこともないそうです。ヨーロッパの中でもスペインが最も食べ物に対して寛容でないそうです。最ももてなしをよくやるのが韓国と言われています。かつて貧しい時代には人をもてなすようなホテルやレストランがありませんでしたので、家庭でもてなしました。スプーンと箸さえあれば何でも出てくるという感じでした。日本では特に食べ物に対してけちな傾向があります。食べ物に対してはけちな人は何においてもけちになるものです。
戻ってくるものを計算してもてなすのではなく、返すことができないような貧しい者や乞食や病人を招いてもてなしなさいと言われています。ヨハン教会には韓国から来た先生方を自分の狭いアパートに泊めてもてなした良い証がたくさんあり、先生方が感動して今も覚えていて語ってくださいます。
霊に燃え主に仕える

2.よい管理者のように奉仕しましょう
今、会社でうまくいっていることは全て主から賜物をいただいていることですが、これを主に栄光を帰しているか主はご覧になられます。

3.自分を表に出さず教え、奉仕しましょう
奉仕するときは自分を目立たせるのではなく主に栄光を帰しましょう。旧約聖書でも祝福は1000倍の1000倍、すなわち100万倍です。

2013年7月11日木曜日

霊的な戦い

◼2013/07/11
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:エフェソ6:10−24

★メッセージ

私たちの戦いは血肉を相手にするものではなく霊的な戦いです。しかし日々どれだけそれを意識して生活しているでしょうか。決してそれを忘れてはなりません。
ヨブ記では、サタンがこの霊的な戦いに挑みました。ヨブから全ての子供と財産を奪うことをサタンは神様に願い出て、神様はヨブに対する大きな賭けに出て許可しました。ヨブは自分の子供が全員奪われるという非常につらい体験をしました。なぜ打たれるのか理由がわからないまま大変な苦しみに会いました。私たちはヨブのような苦しみに耐えられるでしょうか?体力やお金やちょっとしたことで倒れてしまう私たちがどうやって主の試練を迎えられるでしょうか。
ダニエル書10章においてダニエルは三週間にわたって祈り続けていましたが答えられず他の人たちはあきらめてしまいました。しかし、21日目に主はダニエルに出会ってくださいました。祈るダニエルに対してサタンは邪魔をしましたが、あきらめてはなりません。
日本は本当に霊的な戦いが激しい国です。霊的な戦いがなければクリスチャン人口は1%を越えているでしょう。私たちは霊的な激しい戦いの最中にいながらどれだけ神の武具を身につけ生かしているでしょうか。アダムとイブに善悪の木の実を食べさせて神様から離れさせたのはサタンの仕業であり、サタンは心理作戦に本当に精通しています。アダムとイブがサタンに負けてしまったことでエデンの園を追い出されました。人生の最大の不幸です。サタンはイエスキリストをも誘惑します。イエス様もサタンの攻撃の対象であるのに、私たちはなおさらサタンの攻撃の対象とされています。
霊的な戦いは信仰の経歴や思想信条、学歴等が問題ではありません。今どれだけ霊的に目覚めており武具を使って戦えるかです。家族の救いも大きな問題です。家族が表面的な信仰でなく真に心から生まれ変わるように祈りましょう。
出エジプト記17:10−16 モーセは手をあげてずっと祈り続けます。一人で祈れば疲れるために、アロンとフルが両側についてモーセをささえます。私たちは祈りのチームを作って互いに支え合いながら祈り続けなければいけません。私たちには与えてくださった最高の武器である祈りの力を最大限に活用する者になりましょう。
大きな力を出すときには腰が強くなければなりません。腰に帯をしっかりと巻いて戦いには臨みます。私たちの心の中にあらゆる戦いの葛藤が起こりますが私たちは自分の行いによって救われたのでなく、信仰義認、ただ信仰によって救われた者です。大きな働きをしながら小さくなってしまうことがあります。ペトロは最初湖を歩きながらだんだん怖くなって溺れてしまいました。この弱い心を覆う正義の胸当てをつけます。そして、誰の前でもどこに行っても福音を堂々と伝える者が、福音の履物を履く者です。救われた者の御言葉に対する確信、これが救いの兜です。御言葉の剣を使うためには暗唱がとても重要です。

悪例について認識するべきこと

◼2013/07/11
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:エフェソ6:10−24

★メッセージ

私たちにはなかなか従えない心があります。しかし、何か問題を乗り越えようとするときには主の力に頼る必要があります。
悪霊について認識すべきことが三つあります。まず、悪霊は確かに存在しています。悪例は活発に働いています。クリスチャンの中でも悪霊についてちゃんと認識していない人もおり愚かなことです。二つ目に、悪霊は策略をもって働いています。悪霊の策略によく対抗しなければなりません。三つ目は、私たちは悪霊にすでに勝利しています。マルコ5章をみると、悪霊はイエスに対して「いと高き神の子イエス」と証言しています。悪霊はイエスキリストが神の子であり勝てないことを知っているのです。
悪霊からいつどこから攻撃されるかわかりませんので、よく武装して備えましょう。まず偽りに対抗する真理の帯を身につけます。当時は男性は足元まである着物を着ていましたので戦争に行くときは帯をしめてすそを引き上げました。偽りに対抗しうるのは真理のみです。次に、正義の胸当てです。主の義によって偽りから守ります。三つ目に、平和の福音を告げるはきもの、四つ目に、信仰の盾、五つ目に、救いの兜です。そして最後は御言葉の剣です。
ヘブライ4:12 神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな諸刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです。
18節 祈りなさい、祈ってください。何か問題に向かう時に最も良いのは専門家に任せることです。病気になったときは医者にかかりますし、裁判をする時には弁護士に任せます。私たちの霊的な戦いは自分でたたかうのではなく主が戦ってくださいますので主にお任せします。主への祈りは絶えず祈りなさいと言われます。途中でやめてはいけません。ダニエルは祈る時、ずっと祈り続けて霊的な戦いに勝利しました。祈りは積極的に要請して祈ってもらいましょう。また頼まれなくても他人のためにも祈りましょう。この世の中では誰も祈ってくれません。クリスチャンの兄弟姉妹が共に祈ることができます。
私たちの霊的な戦いには負けはなく勝利しかありません。勝利を確信して世に出ていきましょう。

2013年7月9日火曜日

聖霊様が嫌われること

◼2013/07/09
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:エフェソ5:1−21

★メッセージ

1章と3章の後半には聖霊の働き、どうやって私たちの信仰を深くするかがかかれています。4章前半は一つにする働き、そして4章後半から5章にかけては聖霊が最も忌み嫌われることが書かれています。5章では特に性的な堕落、卑しいことに言及されています。事業をする者には自分は全く働かないで指示だけする誘惑があります。神の国を受け継ぐ人はすべてのことを皆と分かち合わなければいけません。
5章1-4節 裁きのことを悲しまれます。性的な堕落、貪欲、偶像礼拝など罪の根元を切り取らなければいけません。クリスチャンの中でも正しい悔い改めがない場合があります。13節が解決策です。しかしすべてのものは光にさらされて、明らかにされます。主に叱られることを恐れないでください。モーセは自らの罪によりカナンの地に入れませんでした。ダビデは人口調査の罪ゆえに、神の手にかかることを選びました。
自分が正しいと思う人が最後まで恵まれないケースです。13、14説は恵みの箇所です。主が私を愛して叱るならば恵みです。まだ露出されていない罪があることに注意しましょう。しかし主はこれらの罪を覆い隠して赦してくださいます。
誰でも落ち込むことや憂鬱になることはありますが、そのたびに精神病になったかのように大げさに振る舞うのはよくないことです。主はときに私たちを落ち込ませることによって訓練され強められます。

2013年7月8日月曜日

一つにしたまえ

◼2013/07/08
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル (月初早天)
◼聖書箇所:エフェソ4:1−16

★メッセージ

最初の第一歩が残りのすべてを左右します。始まりが半分という言葉もあります。洗礼式をなぜそれほど周到に準備するのでしょうか。問答式はシンプルなものですが、生涯の信仰の礎となります。結婚式はどうでしょうか。夫婦の愛の誓いの瞬間は他の時とは異なり永遠を決める瞬間であります。
ある人は自分の考えに頼ってしまうため決心に意味がないと考えています。このような者は家庭での育てられ方に問題があります。厳しい父親の元で育った子供がたいてい良い子供に成長します。父親は過ちに対しては原則をもって叱ります。それに対して悔い改めない子供は問題となります。

もうこれくらいで良いと考え始めると堕落が始まります。自分中心に考えるようになります。孫にちょっとしたプレゼントを与えると彼らは自分がもらったものより他の子供が何をもらったかを気にします。他の子供より少し劣るものだと泣き出してしまいます。
ヨハネによる福音書4章には一つにしたまえという願いが多く出てきます。エフェソ4:4 体は一つ、霊は一つ。一つとされたのは聖霊の働きです。ヨハネによる福音書15章が重要なところであり、わたしはぶどうの木、あなたがたは枝であると言われています。枝は実を結ぶことが大切です。
福音を福音と受け入れるようにしてくださったのが神様であり、信じる恵みを与えて下さったのが聖霊様です。信じたとしてもなかなか変わらない私たちを憐れんでくださいました。聖霊の働きがなければ神様を知ることはできません。エフェソ1:15以降では、聖霊について言及しています。1:17 あなたがたに知恵と啓示との霊を与え。3賞では、聖霊による祈りが強くならなければならないと強調しています。
ヨハネによる福音書17章のイエスの祈りは一つにしたまえという祈りです。サタンは我々を分裂させようと企みます。 ヨハン教会では一つになろうという強い想いのもとに宣教をしてきましたので、地方に献身者を遣わし教会を開拓できたともいえます。ヨハン教会は200くらいの開拓教会が起こされるでしょうか。日本の8000の教会を一つにするからしだねの役割を果たすようにしてくださるように。
今日での教師の働きは僕としての役割であり牧者と一つになり福音を伝えることです。個人では宣教活動に限界がありますので、教職者は弟子訓練のみならず組織化をしなければなりません。聖霊は私たちの働きを一つとされます。
ルカによる福音書で主が不思議な秘密を語られます。一日中働きをした僕が主人の料理を作りながら言います。わたしはしなければいけないことをしただけですと。祝福は子孫が受けます。

2013年7月7日日曜日

終わりの時代を生きる聖徒の姿勢(Ⅰ)

◼2013/07/07
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ペトロ一4:7−8
◼タイトル:終わりの時代を生きる聖徒の姿勢(Ⅰ)
        ペトロの手紙講解12

★メッセージ

ヘブライ10:25 互いに励まし合いなさい。主が来られるときをよく準備して生活しなさい。
マタイ24:3 終わりの時には不法がはびこるが、最後まで信仰を保つものは救われる。
4:7 思慮深く=正しく落ち着いた心で。クリスチャン、ノンクリスチャンにかかわらず皆がメシアを待ち望んでいます。新興宗教ではメシアシンドロームに陥っており、超自然的な力を期待しています。
中東、アフリカなどのイスラム圏では国内分裂が激しいスピードで進んでいます。先週起こったエジプトの軍事クーデターもご存知のことでしょう。地震、豪雨、洪水などの災害を多く規模も大きくなっていきます。しかし、これらは産みの苦しみの始まりに過ぎず、驚かされないようにと命じられています。やがて再臨のとき信じているものは皆、神の国に召し出されます。思慮分別の霊が与えられていることに感謝しましょう。
もう一つの命令は身を慎んでいなさい。多くの人は大変なことが起こると、現実と妥協してしまいます。新約聖書時代、立法学者は妥協派でした。サドカイ派はイエスキリストの復活を信じず、パリサイ派はイエスキリストの復活を信じていました。エツセネ派と呼ばれる人々は、イエスキリストは素晴らしい人であっても現実はどうすることもできないと言って田舎に引きこもり細々と暮らしていました。このように極端な生活をしてはいけません。身を慎みなさいとは、大変な状況でもよく主の御心を覚え光と塩となるように生活しなさいとのことです。
私が来たのは律法を廃止するためではなく完成させるためである。主はすべてを完成させてくださいました。主の教えを守り励む人は幸いな人たちです。

二番目は祈りなさいと言われています。単純に祈りなさいではなく、思慮深くふるまい身を慎んで祈りなさいと言われました。ただ、熱心に祈るわけではありません。機関銃のようにただ祈り文句を発するのはご利益主義です。家庭において、ある程度、けんかしたりするのは相手に関心があることであり良いことです。黙っているのは良くありません。何を考えているかわからないからです。ただ願いを言うだけで聞かない者は主が悲しまれます。
断食祈りも徹夜祈りもイエスキリストから始まりました。十時架上では七つの祈りがあります。祈りから始まり祈りで終わりました。そのうち四つは人々の赦しに関する祈りでした。
フィリピ4:4 主はいつも近くにおられます。寛容をもって全ての人を赦してあげなさい。日本のドラマでは赦しがほとんどなく復讐が多いのが特徴であり残念なことです。あなたが赦さない限りあなたの罪も赦されません。十字架の血潮において限りなく赦されたことを感謝しましょう。
ヨハネ15:7、ルカ18:4 へりくだって祈るものには恵みを与えてくださいます。

三番目は愛しなさいと言われました。アガペーの愛で愛しなさいということでありクリスチャンにしかできないことです。
ローマ8:13 神の霊によって導かれる者は神の子です。愛されれば愛するのは本当の愛ではありません。迫害されても愛する、その姿を知った時、人々の心が癒されます。聖霊の力は愛の力であります。今は中毒の時代、何かに夢中になっている時代です。スマートフォン、スポーツ、アイドルなど何かにはまっており正しい方向が見えなくなっています。

2013年7月6日土曜日

信仰の良いうわさ

◼2013/07/06
◼ヨハン早稲田キリスト教会 土曜礼拝
◼聖書箇所:テサロニケ一1:2−10

★メッセージ

神様が私たちを召し出し導いてくださっていることに感謝しましょう。自分が神様を選んで信じて従っているのではありません。神様が私たちには信仰を与えてくださっているのです。
三つのことを自慢しましょう。第一にイエス様を、第二に教会を、第三に牧師先生を自慢しましょう。牧師先生の話を通して自分がどんなに恵まれたかさりげなく他の人に話してみて下さい。聞かないように見えるかもしれませんが、実は聞いていてあとから主につながるきっかけとなります。
テサロニケ教会は主に喜ばれる教会でした。パウロがテサロニケに行ったのは数週間くらいだけでしたが、貴族や民衆がつながり主に喜ばれる教会が作られました。

2節 使徒パウロがテサロニケ信徒の一人一人を思い起こし祈るたびに感謝しました。他の人を思い起こして祈るときに、あの兄弟は、あの姉妹はとため息をつくのではなく感謝するのです。あなたがいるからこそ感謝ですと真心を込めて言いましょう。
ヤコブ2:14 信仰は行いを伴わなければいけません。行いがなければ救われないと言っているのではなく、確かに信じただけで救われてはいますが、主に仕えるためには行いが必要です。成績をあげてほしいと願っても勉強しないで教会で祈るだけでは成績はあがりませんし、就職したいと願っても就職活動もせず情報収集もしなければ就職先は与えられないでしょう。祈ったら勉強し活動するときその祈りが答えられます。
愛は口先だけでなく行いを持って愛します。その愛の模範を示してくださったのがイエスキリストです。自らを犠牲にしついには自分の命まで捧げた愛です。私がイエスキリストから受けた愛ゆえに私も他の人々を愛したいというのが真実な愛です。私の利得で行うのではなく、主イエスキリストの愛によって行うのです。
ローマ8:24-25 目に見えるものは希望ではありません、目に見えないものに対してのぞむのが希望です。
喜びと感謝とプライドを持って信仰生活をすると普通の人とは違い周りの人にもイエスキリストを伝える良い証となります。ヨハン教会に通っていることが信頼できる根拠となるといいですね。

8節 神に対するあなたがたの信仰が至るところで伝えられているので、何も付け加えて言う必要はないほどです。
ヨハン教会にかつて二人のイラン人が通っており洗礼クラスに入って勉強しましたが、彼らがイランに帰ってから何年か経ち別のイラン人が日本にはやってきて、ヨハン教会を尋ねてきました。なぜヨハン教会を知っていたのですかと聞いたところ、日本から帰ってきた人たちが地下教会を運営しているがその人たちから日本に行ったらぜひヨハン教会に行くように言われたとのことです。
このように全世界に私たちのヨハン教会の良い噂が広まることを期待して祈りましょう。

2013年7月4日木曜日

新しい天と新しい地

◼2013/07/04
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:新しい天と新しい地
◼聖書箇所:イザヤ書65:17-25

★BibleStudy

わたしたちはよく約束をしますが破ってしまうことがあります。一年の初めに、毎日祈るとか御言葉を読むとか約束を立てますが、長続きすることが大変です。私たちが神様との約束を破ったとしても神様は私たちとの約束を決して破られません。
19節 わたしはエルサレムを喜びとしわたしの民を楽しみとする。私たちの目的は神様を喜ばせ神様を楽しませることです。といっても自分の考えが基準になってはいけません。神様の喜びは神様の基準で考えなければいけませんが、私たちにはそれはわかりませんから、とにかく祈る必要があります。
神様の前に出るとき自分を正当化できることはなく、ただ悔い改めることだけの態度にならなければなりません。自分だけが多くの働きがありすぎるというような高慢な思いも主の前には悔い改めが出ます。
20節 そこには、もはや若死にする者も年老いて長寿を満たさない者もなくなる。ただ寿命が延びるだけなら不満だけが増して何も喜びがありませんが、神様は単に寿命を延ばすだけでなく意義ある人生を与えてくださいます。信徒らしいクリスチャンとして歩みましょう。罪に勝つ実力は、知識でもなくお金でもなく名誉でも権力でもありません。ただ、聖書だけが罪に勝つための秘訣です。皆が天国に行きますが主に会ってもらう賞の程度は違うことを覚えて下さい。大きな賞をもらう者もいれば叱られる者もいるかもしれません。ようやく自分だけ信仰を保つようなものでなく、積極的に主に仕えましょう。
18節 代々とこしえに喜び楽しみ、喜び踊れ。大変な状況のとき喜び楽しみ踊れと主は命じられています。今大変だとしても未来は違うんだと主は言われます。
日本はまだキリスト教が大きく普及したことはありませんので、リバイバルというよりもバイバルしなければいけません。日本には無教会主義の流れがありそれが長く続いていることで教会が弱くなり信徒たちが成長しないことを悔い改め祈らなければいけません。罪人同士が会って交わるならますます罪に陥っていきます。教会を通して何かを得られたならば教会を通して返さなければいけません。教会の中で良い人間関係が得られたのに外でだけ集まろうとすると人間的になり失敗に陥ります。

23節 彼らは無駄に労することなく生まれた子を死の恐怖に渡すこともない。朱キチョル牧師は日帝時代にひどく迫害され子供もひどい目に会い貧しかったのですが、孫がなって3万人の教会の主任牧師に任じられました。このように子孫が大きく祝福されることも神様の御業です。
24節 私たちが祈る前に神様は答え、私たちが探す前に神様は出会って下さると言います。神様の愛はこれほど豊かですが、それゆえに神様の愛を軽んじないように気をつけて下さい。カトリックでは、神様と人間の間に神父という人間をおいて、その人に罪を告白するという愚かなことをしてしまいました。神様は私と直接であってくださるのに勝手に仲介者を設けてしまったのです。神様はどんなに悲しまれることでしょう。40日断食祈りしたら答えて下さいとか、人は勝手に神様との間に約束を設けてしまうことがあります。40日祈って41日目に答えられるでしょうか?答えられないと不満を持ちます。そのような約束を立てなくても主は私たちには愛を与えて下さいます。
今日悟って明日は何もないようなものでなく、今日悟ったことを継続的に覚えて歩みましょう。壁に向かって言っているようなものだと言われないように気をつけて下さい。希望を持つ者だけが今を尊く生きることができます。

私たちの身にも起こった身分上昇

◼2013/07/04
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:エフェソ2:11−21

★メッセージ

毎日食べていくのに精一杯の人が突然大会社の社長になるということが映画やドラマでよく見られます。身分上昇ですが、これは単に映画やドラマだけでなく、イエスキリストを信じた私たち自身の身に起きたことでもあります。
パウロはイエスキリストを信じる前の私たちの姿がどうであったかをエフェソ2章で強調しています。以前は福音を伝える人に対して暴言を吐いたり迫害する人がいますが、救われて変わるとイエスキリストを心から賛美するように生まれ変わります。姉はかつてイエス様を伝えると暴言を吐き拒絶しましたが、今は教会での働きを伝えるとハレルヤと言います。今、家族が非常に反対的な状況であったとしても信じるならば変わると信じましょう。
11-13節 以前は全く希望もなかった私たちが今は神の恵みを受ける者となり神の財産を受け継ぐ者となりました。戦地にいて命が危険が常に伴っていた場所から、境界線を抜けて安全な地に入った人のようであり、パウロは2章において私たちの身に革命的なことが起きたと宣言しています。
今日一日神様を悲しませるようなことはしませんという心で決心してみて下さい。私たちの重要なテーマは清さです。清さを持って祈るとあらゆる問題が解決し体の病を癒されます。