2013年10月30日水曜日

イスラエル全体と個々の部族に対する祝福

◼2013/10/30
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記33:18−29

★メッセージ

イスラエル全体に対する祝福とそれぞれの部族に対する祝福が書かれています。主はヨハン教会全体も祝福して下さいますし、私たち一人一人も祝福して下さいます。その恵みに感謝しましょう。
19節 正しいいけにえとは何でしょうか?ローマ12:1−2を読むと、自らの体を聖なるいけるいけにえとしてささげなさいとあります。
ある画家が行った勝利の秘訣とは、朝ご飯を食べなさい、周囲の人をもてなしなさい、チャンスをよく捉えて歩みさないというものです。人はたいてい自分のことばかり考えていますが、周りの人のことも考えながらよくもてなし、チャンスがあれば自らチャレンジして飛び込んでいくものになりましょう。
26節 エシュルンとは神の目から見て正しく高貴なものという意味で、イスラエルを親しみの意味を込めて述べています。

2013年10月29日火曜日

先頭を進み祝福をいただいたユダ族

◼2013/10/29
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記33:1−17

★メッセージ

ルベンは長子として生まれましたが、滅ぼされないように祈られます。

次に、先頭を進む者の祝福について述べられます。ユダ族は常に先頭を進み困難が多くありましたが、多くの祝福をいただきました。現代でもその働きを担っているのが教会といえます。友人、家族になかなか理解されず、福音を伝えれ反発されますが、やがて関係が回復し、最も豊かな人間関係が築かれます。

次に献身の重要性です。レビ族は主の御言葉を守り祝福されました。ヨハン教会における私たちも御言葉によく従順し生活の隅々で豊かに恵みを受けるものになりましょう。

2013年10月27日日曜日

水と霊とによって生まれることの大切さ

◼2013/10/27
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ヨハネ3:1−21
◼タイトル:水と霊とによって生まれることの大切さ

★メッセージ

人はエデンの園というユートピアが失われてからその失われた楽園に対する限りない想いを持っています。人には肉体や経済的いろいろな問題がつきまとっています。エデンの園ではアダムは非常に優れた知性を持っていました。アダムがすることは全て正しく主が認めてくださるものでした。ただ、善悪の知識の木の実は食べてはいけないと仰いました。主はご自分が持っておられるすべての力と権威をアダムに授けましたので、高ぶって自分が神にならないように、唯一の禁止事項を設けました。
蛇は非常に狡猾ですが自分では罪を犯すことができないためアダムを狙いました。有能な人ほどだまされやすいです。政治、スポーツ、ビジネスなどの分野で卓越した腕前を持っている人がおりそれだけで十分に尊敬され生きていけますが、自分がすべてであるかのような錯覚に陥ることもあります。性的な罪と偶像礼拝は大きな関係があります。

ニコデモはひっそりとイエスキリストを訪ね真理について伺おうとしました。
第一に新たに生まれなければ神の国を見ることはできません。第二に水と霊とによって生まれなければ神の国に入ることはできません。私たちが毎週礼拝を捧げられるのは、完全ではないですが神の国が見えるからです。水はパプテスマを意味し、霊は聖霊を意味します。
御言葉は一つも失われることなく完全な救いを約束されます。それを信じられる恵みがありますように。聖霊によらなければ主イエスキリストを主と告白することができません。聖霊によると聖書に書かれていることをすべて信じることができます。すべて守ることはできないにしても呪いを受けることはありません。主イエスキリストがすべての罪を背負って十字架につけられたからです。

2013年10月26日土曜日

礼拝とは出席するものではなく捧げるもの

◼2013/10/26
◼ヨハン早稲田キリスト教会 土曜礼拝
◼聖書箇所:創世記22:1−6、15−18

★メッセージ

礼拝とは出席するものではなく捧げるものです。クリスチャンでなくてもキリスト教の勉強のために礼拝に出席することはありますが、これは単純に自分の何らかの目的のために出ているだけであり、捧げているとはいえません。礼拝において捧げることが重要です。
礼拝ではまず自分の時間を捧げます。他の事に使う時間を割いて主のために捧げます。
二つ目に礼拝は万全の準備をして捧げます。イサクを捧げなさいと言われた主に従順してアブラハムは礼拝を捧げるために、薪や火や刃物などよく準備して行きました。例えばデートで愛する人と会うとき、身なりを整えどこにいくか調べ何を話すか考えたうえで臨みます。礼拝においても同じように、身なりを整え祈り期待して捧げます。ただし、準備するとしても形式的あるいは義務的なものではいけません。第二コリント9:7 喜んで与える人を神は愛してくださるからです。
一人子のイサクをすら惜しまなかったアブラハムに主は子孫を天の星のように海辺の砂のように増やすという祝福を与えられました。
100歳で子供を得、175歳まで生きて亡くなります。すでに人の寿命が120歳に制限された後ですから、アブラハムがどんなに特別な祝福を得たかわかります。100歳まで子供がなかったアブラハムの人生はもしかしたらたくさんの後悔があったかもしれませんが、信仰による従順の結果、最後に主は大きく祝福を与えられました。
神様は人を祝福したいお方です。祝福されるためには、自分の大切な時間やお金を犠牲にして礼拝を捧げることです。ヨハン教会の信徒たちも、ぜひ主の有り余る祝福を体験して下さい。

2013年10月23日水曜日

呪いの文は主による警告のため

◼2013/10/23
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記30:1−20

★メッセージ

申命記28章をみると、祝福よりも呪いのほうが多いため主はそうならないように警告しています。申命記に書かれた祝福と呪いはどちらも実際に実現しました。旧約時代に国が滅ぼされてバビロン捕囚となりましたし、新約時代にはユダヤ人は迫害されて世界中に散らされました。
恵まれた人は罪を犯さない人ではなく罪を犯したら素直に罪を認めて悔い改める人です。ダビデは姦淫と殺人の罪まで犯したにもかかわらず切に悔い改めて神様からむしろ喜ばれ祝福されました。悔い改めは心の中で起こるものだけではなく実際的な行動になる必要があります。通常罪を犯すと恥ずかしくて教会に行きたくなくなるものですが、そういう時こそ教会に来て祈り兄弟姉妹と交わる必要があります。そのような態度こそ悔い改めとなります。
御言葉は難しいものではなく、私たちの近くにあり、私たちの口と心にあります。哲学を学ぶある人は一週間に1ページ読んでも理解できないと言っていますが、聖書はそのような難解な思想・道徳ではなく、主が私たちに誰でもわかるように示してくださるものです。
祝福は従順からやってきます。従順することで生活も教会も守られます。ある教会では信徒が牧師と意見が合わず牧師を追い出してしまいました。教会が分裂してしまったわけです。分裂は英語ではdivisionといいますがビジョンがわかれてしまうという意味です。教会のビジョンがわかれてしまったら教会はどこに向かうのでしょうか。
御言葉を学んで最終的に学ぶべきは従順です。御言葉をどれだけ多く学んでも行わなければ意味がありません。従順して御言葉に聞き従い行うことで祝福されます。

2013年10月20日日曜日

命の言を伝えます


◼2013/10/20
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ヨハネ一1:1−4
◼タイトル:命の言を伝えます

★メッセージ

聖書とは手紙といえます。特定の人に向けて書かれた親密な手紙です。かつては手書きで手紙を書いたものでした。出した後は届いたか読んでもらえたかわからない中でドキドキしたりすることもありましたが、そのように書かれた手紙が聖書といえます。
聖書の手紙では特定の方、イエスキリストが書かれています。イエスキリストは生きておられ、私たちと共にいらっしゃることを伝えようとしています。イエスキリストはただこの世に来られたわけではなく、私たちのすべての罪を贖うためにこられました。イエスキリストと出会ったときの感動を回復して下さい。ヨハネもこのイエスキリストと出会い手紙を書いています。
ヨハネはイエスキリストの証言者です。法廷では証言者が自分が注目されようと大袈裟に発言したりすることもありますが、証言者は主役ではありえません。単に自分が見聞きしたことを話すのみです。ヨハネはそのように自分が出会ったイエス様を書きました。
1515年に描かれたイエスキリストの十字架の絵があります。横の木が人々の罪の重さゆえに曲がっています。左にはマグダラのマリア、ヨハネの手紙を書いたヨハネがいます。そして右には時間的に不自然ですバステスマのヨハネがいます。医学的にありえない角度で右手をあげイエスキリストを指しています。これは自分に注目を集めるのではなく、イエスキリストに集中しようとする生き方の現れです。ただ自分が見て聞いて触れたものを伝えようとしています。

イエスキリストは一言で命です。この命が人間の肉体を持ってこの世に現れました。私たちは死にたいような絶望感にとらわれえるとき、それは一切の交わりを絶たれている状況です。私たちは真実な交わりを求めています。つながりを求めています。イエスキリストを知ることこと真実な交わりです。もう誰にも理解されない誰も自分を知らないという孤独感に悩まされることはありません。
単なる人間的な楽しい交わりではありません。私たちの交わりは御父と御子イエスキリストとの交わりです。キリストの愛によって互いの壁を乗り越え完全に理解し愛し合う不思議な交わりです。教会は完璧なところではありませんが、教会の特徴はイエスキリストが生きているところであり、私たちがイエスキリストに出会えるところです。私たちの人生の中心はイエスキリストです。
イエスキリストは主なる神様と私たちの断絶された関係を回復するため和解するために来られました。教会が楽しいのは、その回復する喜びを味わえるからです。一度回復してもまた反抗して壁ができることもありますが、いつでも教会は開かれています。いつでもイエスキリストは迎え入れてくれます。イエスキリストとの関係が回復するとき自分自身との関係も回復されるでしょう。

2013年10月17日木曜日

不従順の結果と呪い


◼2013/10/17
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:不従順の結果

★BibleStudy

どんな場合でも従順する覚悟で臨んで下さい。不従順の結果は悲惨なものとなり、自分だけでなく被造物まで呪われるものとなります。人間の不従順、私個人の不従順で終わるものではないことを覚えましょう。不従順であると迷路のように解決策のない状況に陥ります。
列王記時代のイスラエルとユダの最も間違っていた考え方は、自分たちは神様から約束された民族だから絶対に滅びないというものです。それゆえに勘違いして傲慢になりやがて滅ぼされてしまいました。
現代でも人間の不従順によりいろいろな問題が起こっており新しいウィルスも次々と出現しています。これは人間に罪の結果をよくわからせるためであります。罪の特徴は、まず「早い」ということです。悪い噂は早く広まります。次の特徴は影響力があります。罪は確実に人を支配します。そして、周囲に伝搬します。一人だけでなく周囲の人々にも罪が伝搬します。
共同体が罪を犯さないためには、優しさや愛にも節制が必要です。何かのためといっても、兄弟一人と姉妹一人になることは避けましょう。不倫や姦淫の罪は大きな傷になります。分別力を持って行いましょう。

日本人の特徴は何かよくしてもらったことをすぐに返します。早く返してしまって、返すべきものは返したと納得するという傾向があります。ちょっと奉仕や献金をしたことで、神様にすべて返したかのような錯覚を持たないで下さい。
罪の結果は体にもきます。ひどい病気になってからだが腐っていきます。もちろん体の病気の原因のすべてが罪だとはいえませんが。
罪を犯すとスリルがありますが、それを求めて罪を犯してしまい、さらに罪に鈍くなってしまうことがあります。
何かできてもできなくても感謝して下さい。神様に対する感謝の心を表して下さい。また礼拝を大切にして下さい。

使徒パウロは、苦難は私に有益です、と言っています。他の人が避けることを率先的に行い愛の苦労をするならば苦難が本当に有益となります。神様がいろいろ与える苦難から人は逃げたいと思いますが、逃げないでとどまりましょう。逃げてしまえば直されず問題はそのままになります。

捧げる心を見ておられる神様


◼2013/10/17
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:マタイ6:19−21

★メッセージ

お金は実際的な生活につながっているため大きな問題です。家賃、食事など生活と密接に関わっているためみなお金に敏感になります。
Forever21の夫婦が日本に来日されましたが、このご夫婦は仕事で世界中を飛び回っています。インドでは悪霊が公に姿を現しクリスチャンから目を背けるそうですが、日本の悪霊は姿を隠すそうです。だから、日本の福音化は少しやりにくいかもしれません。
サタンは必ず変装し正体を隠してやってきます。聖書には、光の天使を装ってやってくると書かれています。ときには友情あるいは良い人間関係でやってきます。サタンは詐欺師でありもともと嘘つきです。霊的に落ち込まないためにも、私たちが霊的な戦いの中に置かれていることを忘れてはいけません。自分の霊性を維持できなければ、他の魂のために祈ることもできません。

科学者にとって最も名誉ある賞はノーベル賞であり、サッカー選手にとってワールドカップでの優勝は最高の栄誉かもしれません。これらは素晴らしいですが、しかし私たちの人生はこれだけではありません。究極的な真の賞は天地を作られた神様から受ける賞です。
神様の評価は総括的な評価です。捧げる物もそうですが、捧げる心や普段の生活、目には映らない心の領域を見て総括的に評価なされます。神様は人格的な交わりをなさる方です。表面的な交わりで愛がなければ無駄であり心が通じていません。信仰のマンナリズムに陥れば神様との深い交わりもできません。時間短縮や効率化により心まで短縮してしまいかねないでしょう。主は人格者であり私たちの心からの交わりを願っておられます。
礼拝、賛美を捧げる姿勢から変えていきましょう。賛美一つでも事前によく練習し準備して望みましょう。そうすると、余裕が生まれ共に賛美する者のためにも祈れるようになります。

祝福の源


◼2013/10/17
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記28:1−14

★メッセージ

ある犬がなかなか主人の言うことを聞かず、外で食べ物を見つければくわえて話さないように、実は私たちの神様に対する姿も同じかもしれません。この犬のように不従順な態度です。主の声に聞き従うことは私の祝福です。
私たちは祝福の源です。そこにいないとダメな存在です。
歴代下17:7 ユダヤの王ヨシャファトは国の民に御言葉を教育して主に聞き従うようにしました。その結果、国が安定し豊かになりました。軍事力を強化したのでもなく経済が成長したからでもありません。主の御言葉に聞き従ったからです。

2013年10月13日日曜日

ヨハン早稲田教会創立18周年記念礼拝を迎えて

◼2013/10/13
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:使徒言行録4:17−31
◼タイトル:ヨハン早稲田教会創立18周年記念礼拝を迎えて

★メッセージ

日本人の人口は1億2600万人程度ですが、宗教人口は2億人を超えます。日本人は宗教心が強いと言えます。そのうち仏教は51%、神道は43%、キリスト教は1%以下です。2010年を境にキリスト教会の数は徐々に減っています。
宗教人口が多いのはむしろ日本人の宗教心が強すぎて複数の宗教を信仰しているからといえます。何かあるたびに神社に行って祈り葬式は仏教の寺で行います。
神道は現世の利益、安全を求めるのが特徴です。日本の儒教はAD五世紀ごろ、ただ倫理道徳的なものだけを取り入れました。日本の宗教は、表面的なものだけを求め、その真理を探ることはしませんでした。
明治維新時にもキリスト教が日本に入ってきてミッション系の大学が作られたりしますが、理性的な部分だけを受け入れ、超自然的な力を持つイエスキリストの神性と霊の働きを取り除いてしまったのが、現代のキリスト教の弱さといえます。
ヨハン教会においても45の開拓教会だけに満足せず、全国47都道府県に教会が建てられ御国が拡張されることを期待します。

日本の福音化が十分に可能であるという確信を持ちましょう。16世紀、フランシスコザビエルが来日し、ものすごい勢いでキリスト教が広まり始めます。偶像礼拝を認めないため織田信長は自分たちの国を侵略するのではないかという警戒を持ち始め、これを悟ったフランシスコザビエルは数年しか滞在せず海外へ行ってしまいます。その後、豊臣秀吉の時代にもキリスト教の爆発的な勢いを警戒しますが、大きな制限を加えることはありませんでした。徳川時代になって、キリスト教の徹底的な迫害が始まり、キリスト教の禁止令が出されます。踏み絵に始まり、五人一組の監視、寺への帰属制度が作られます。ここから、隠れキリシタンという言葉が生まれます。江戸時代の末、完全に消えたかに見えたクリスチャンたちが、4600人も残っていました。
明治維新にてキリスト教のリバイバルが起こり、熊本バンド、横浜バンド、北海道バンドなどが起こされます。北海道バンドは個人主義的な傾向に偏りました。横浜バンドは聖書勉強に熱心でしたが、エリートだけの領域のような雰囲気を作り出してしまいました。やがて、国家による天皇崇拝の強制に屈し大きな罪を犯します。戦後、再び大きなリバイバルのチャンスがあり、戦中の偶像礼拝の罪を告白します。
フランシスコ ザビエルが数年しかいなかったにもかかわらずクリスチャン人口が4%にまで成長し、当時の国家指導者たちが危機感さえ抱くようになりました。そのように、日本のリバイバルは必ず可能です。

自分の両親が早く信仰を持つようにし主に召し出されることが最高の親孝行です。
教会を一部の知識人しか入れないような雰囲気を作ってはいけません。ヨハン教会は誰もが入ってこられるオープン教会です。
日本人は宗教心が強いのにも福音らしい福音を聞いたことがない人が99%もいるのはどんなに悲しいことでしょうか。
日本にキリストの青い季節が来るように祈りましょう。

2013年10月12日土曜日

健康的なビジョン

◼2013/10/12
◼ヨハン早稲田キリスト教会 土曜礼拝
◼聖書箇所:1:5−10

★メッセージ

アドニヤは一度も父親から叱られることはありませんでした。アドニヤは容姿も良く皆から慕われるものでした。アドニヤはヨアブの心の隙を見て賭けをし、ヨアブとアビアタルに話を持ちかけ味方にしました。アドニヤは王になりたくて仕方ありませんでした。ソロモンが王になりそうな様子を見て阻止しようとしました。自ら王になろうとしましたが、これは高慢なことです。
教会に始めて来る人の中で、自ら教会に来たという人がいますが、その前にどれだけ祈られたか考えなければいけません。

私たちはどこにいて何であっても霊的なリーダーです。我々はビジョンを持ちますが、健康的なビジョンもあれば不健康的なビジョンもあります。単なるお金儲けのビジョンは不健康的なものです。中国人にはよく店を持ちたいというビジョンを持つ人がいますが、単にそれだけで終わってはいけません。健康的なビジョンを持っている人は次の世代のことを考えます。

2013年10月10日木曜日

何よりもまず神の国と神の義を求めなさい

◼2013/10/10
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:マタイ6:31−34

★メッセージ

33節 何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えられる。
まず、そうすれば、そうしたならばと言われます。
主は必ずテストされます。表面的で口先だけなのか、心からのものなのかテストされます。
証は体験していないとわからないものです。証は自分の信仰生活の体力の基礎となっていきます。信じて祈って積極的に求めて答えられたことが積み重なっていくとその人の信仰の良い体質になっていきます。
アウグスティヌスはローマ帝国が崩れていく姿を見て、この世の全てのものはいずれ尽きることをみました。現代の会社も少し前は全盛であったとしても今は買収され跡形もなくなるものもあります。

後悔しない人生がもっとも素晴らしい人生です。今までの人生に後悔があるならば、これからはスタートとし後悔のない人生としましょう。
見よ、この世の罪を取り除く神の国と子羊だと言われます。

2013年10月7日月曜日

恐れに打ち勝つ三つの秘訣

◼2013/10/07
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記20:1−20
★メッセージ

戦争では訓練された兵士が戦うことはほとんどありません。たいてい学生や普通の社会人が突然戦争に動員され銃を渡され人を殺すように命令されます。人を殺すことも怖いですし、殺されるのも怖く、恐れとの戦いがもっとも大変です。
おそれに打ち勝つ三つの秘訣があります。
一つ目に、神様が私たちと共に戦ってくださることです。バドミントンのダブルスのように、二人で共に戦ったほうが疲れないですし、一人がコンディションが悪くてももう一人がよければ勝つこともできます。人を伝道することは大変ですが、主と私が共に伝道すると考えれば大丈夫です。
二つ目に、この世の執着を捨てて聖霊様の働きを求めます。この世に執着していて恐れる者は帰りなさいと主はおっしゃっています。
三つ目に、主の知恵、戦略を求めます。戦略がなければ勝てません。トップに戦略がなく何をすれば良いかわかならい組織は困ってしまいます。主が具体的に戦略を与えて下さるように祈りましょう。

2013年10月6日日曜日

日本にキリストの季節が来ている

◼2013/10/06
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼聖書箇所:ヨハネ14:12−14
◼タイトル:この国、日本にキリストの季節が来ている

★メッセージ

あるとき神様から日本にいくように召命を受けましたが最初は日本に行くべきでない10の理由をあげて断りました。しかし、主は日本に来るか私のもとにくるかどちらかだと仰り、死ぬのは嫌でしたので、日本に行く決断をし1990年4月に日本に派遣されました。
日本にいるべき理由を主に聞いてみると、日本は21世紀の福音宣教に用いられると言われました。

日本にはたくさんの主の御業があふれています。
まず第一に福音主義の教会が成長しています。1950年ごろには、福音主義と自由主義の教会の割合が1対26でしたが、現在は逆転しています。
1000人の超える伝道集会はかつては大変であり10年に1回程度のものでしたが、今は2000人、3000人の伝道集会が次々と開かれています。
247都市の1702教会に2万人近くの韓国人の若者を送って宣教させ、100人以上の献身者が起こされています。
社会的に地位の高い人々がクリスチャンだと告白しています。また、公の祈祷会が行われており東京でも30箇所、全国で100箇所以上で祈祷会が行われています。
このように今の日本には福音化に関する主の恵みがあふれています。

ある例えがあります。神様は鳥たちに自由に飛ぶように命じました。それぞれの鳥がそれぞれ飛びましたが、その後、主は鳥たちを集められ、今まで飛んできた場所を与えると言われました。鶏は庭を、スズメは三件の家を、鳩は水辺を与えられましたが、鷲は五つの大陸と六つの海を飛んできたために世界を与えられました。このように、主は私たちが行くところすべてを与えてくださいます。

2013年10月3日木曜日

イスラエルでの下着と上着の意味

◼2013/10/03
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:マタイ5:38−48
★メッセージ

わたしたちの霊的な温度はどの程度でしょうか?暑いでしょうか?寒いでしょうか?
孔子も自分の心から始まると説いています。心は感情に左右されやすく取り乱しやすいものです。自分自身の霊性管理をよくしましょう。
香港のある大金持ちは子供のころから朝4時に起きて本を読み学んだそうで、それを90歳になっても続けています。謙遜な者はいつになっても謙遜な姿勢で学び続けます。

マタイ5:38 目には目を、歯には歯を。ノンクリスチャンでもどこかで見たことがあるでしょう。一見、ひどいことのように思えるかもしれません。イスラエルは今もこのようなことを意識していて戦争で必ずやり返しますので争いが耐えません。
誤解してはなりませんが、目には目でやり返しなさいという意味ではなく、目には目だけですませなさい、それ以上やってはならないという意味です。人間の復讐心は際限なく放っておけば殺人まで発展していくことも稀ではありません。
ハンムラビ法典のレクスタリオスということで、何かやられたら同じことをやり返しなさいという法律は、人間を徹底的に罪に陥れます。

消費税などの経済対策も必要ですが、今の日本がもっとも必要としているのは、イエスキリストを知り自分の人生の基準と意味を知ることです。教会に来て下さい、あなたの本当の人生の意味が示されます。

40節 下着を取ろうとする者には上着をも取らせなさい。下着と上着の意味を考えてみましょう。下着は何枚も持っているのが通常であり一枚なくなってもそれほど影響はありませんが、上着は砂漠の寒く強い風の夜から身を守るものであり命につながるものです。上着がなければ寒さから身を守ることがなく命の危険があります。貧しい人は上着は一枚しか持っていませんでした。上着とは人間としての最低限の権利ですが、それさえもイエスキリストのために喜んでさしだしなさいと命じられたのです。偉大に用いられた人は自分の命さえ捧げました。イエスキリストはすべてを持っていながらもすべてを捨ててわたしたちのために十字架にかかられました。このような愛の素晴らしさを備えるようになりましょう。

47節 自分の兄弟を愛することは異邦人でもやることです。私たちはそれを越えて愛の原子爆弾のようにみたら感動をするような愛の者になりましょう。
48節 完全な者となりなさい。

2013年10月2日水曜日

選別して捧げる

◼2013/10/02
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記16:17−17:7

★メッセージ

道徳では水平関係だけ説きますがキリスト教では神様との垂直関係についても説きます。垂直関係において救われた私たちはどうやって垂直関係を持っていくのが問題です。十字架を背負って歩めばいいのですが、そこから逃げるクリスチャンがいます。これは偶像礼拝です。イエキリストが十字架にかかられたから自分は大丈夫と避ける心があります。イエス様の十字架を尊敬したり喜ぶのではなく、むしろ恥ずかしく思ったりします。これはサタンの喜ぶところです。自らが救われたことを忘れてしまうと十字架を恥ずかしく思ってしまいます。
職業、給料などで人を判断することは非常に危険です。このようなものは目をくらまし義人を曲げるものです。自ら近づこうとする者を警戒する必要があります。
キリスト教を信じていない人も何かを対象にして祈ります。祝福して下さいという祈りです。アシェラという偶像は子供やお金や人間関係を与えてくれる豊かさの神ですが、その豊かさをどのように使うべきかという視点はありません。クリスチャンは豊かさをどうすれば主に喜ばれるかと考えます。
主に捧げるものは傷がなく選別がされたものを選びます。献金を捧げる際にもその出処を選別します。銀行に行って新札に変えて捧げることはよくやることであり、銀行が近くにないところではアイロンをかけて捧げたという話もあります。ただ、最も重要なことは、どのような心で主に捧げるかです。私は人生のすべてを捧げたから他のものは捧げなくても良いような心は持たないで下さい。牧師によっては献金しないものがおり、ある集会では献金を集める者が牧師のところには近づきませんでした。これは由々しきことです。けちになって献金をおろそかにすれば、実際に大変なときの助け手がなくなります。
献金の祝福があふれれば先祖の罪も赦してくださいます。

2013年10月1日火曜日

過越祭

◼2013/10/01
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:申命記16:1−16

★メッセージ

三大祝祭日、過越祭、七週祭、仮庵祭について書かれています。過越はまさに主なる神様が過ぎ越されました。
聖霊は第一にイエス様を信じ救われる力があります。人の心は硬くなかなか変わらないものですが、聖霊様だけが人の心を変える力があります。
聖霊典は洗礼式と聖餐式にのみ絞りカトリックで行っている様々な儀式は取り除きました。マリアや聖人を崇拝したり、あまりにも軽々しくなってしまっています。
イスラエルの聖殿にはそれぞれ入れる場所が4つに決められていました。全員が入れる場所、イスラエルの民だけ入れる場所、成人男性のみ入れる場所、そして、聖所は祭司だけが入れました。さらに至聖所は大祭司のみ入れました。新約聖書では私たちは王の系統を引く大祭司であると言われています。
エデンの園でアダムとイブに与えられた戒めはたった一つです。善悪の知識の木からはとって食べてはならないと言われました。戒めがなければよかったでしょうか。戒めがなければ人は神になろうと高慢になるでしょう。
申命記6:5 あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。イエス様はこの御言葉を引用して主を愛しなさいと言われました。
偶像礼拝に立ち向かう秘訣の4つ目は選ばれた場所で礼拝を捧げることです。5つ目に十分の一献金を強調しています。14:22節以下で特に十分の一献金を強調しています。焼き尽くす捧げ物はすべてを焼き尽くすものであり、すべてを捧げることを示しています。すなわち、人生のすべてを捧げる心で献金を捧げなさいということです。