2014年1月30日木曜日

裁きに対する教えと黄金律

◼2014/1/30
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:裁きに対する教えと黄金律
◼聖書箇所:マタイ7:1−12

★メッセージ

人と人とが会うのは楽なことではありませんが、それゆえ人と物が出会うようになってしまうこともあります。そのようなことがないようにしましょう。
イエスキリストは罪と救いに対して明確です。罪の問題を明確にして下さっています。
変化を願いながら、実際に変化することにはおそれを抱くのが人間です。良いほうに変化すれば良いのですが、悪い方に変化しないかと怖がるところもあります。変化を起こす方、変化の主題は主ですから変化を楽しみましょう。変化していくことは成長です。
判断しても良いですが必ず愛の心で行わなければいけません。愛のある人たちの話で人は変わりますが、愛のない人たちの話では正しいことを言っていても人々は変わりません。
他人を見る基準は何でしょうか?お金を基準としている人は何でもお金で計算してしまいます。名誉を気にする人は他の人も名誉で判断してしまいます。自分の基準ではなく主がどのように考えておられるかを考えておく必要があります。聖書を読み祈るならば主の考えが見えてきます。本当に神様を愛する心で生活しましょう。私が主をもっと愛するにはどうすればよいか悩んでください。わたしの心を動かしていただくように祈りましょう。
自分自身を知っている人は強い人です。自分は何に弱くどんな特徴があるのか。自分の弱さを克服するために世の人々はいろいろなことをしますが、それでは何も変わりえなく自分が何者かも悟れません。自分が罪人であることを知らなければならないからです。聖書をわかれば自分のことがわかります。

私たちが探して叩いて願っていることを主はもっともよく知っておられます。だから知っている私のところに来なさい、あなたと交わりたいというのが主の心です。
信頼関係があるから祈ることができます。信頼関係を強くするためには、日々交わりを持たなければいけません。
自分がしてもらいたいことを先にしてあげなさい。
自分を厳しく言ってくれる人がいることは恵みです。厳しく言ってもらえる心畑を備えましょう。涙を流さずに得たお金はすぐになくなってしまいます。涙を流し汗を流す喜びがあるように祈りましょう。

日本人には親密さが少ないかもしれません。人と会っているときには場を盛り上げなければとハイテンションになりながらそれを親密さと勘違いしているかもしれません。家に帰ってくると疲れて落ち込んでしまいます。
親密さのポイントは、仕えること、一緒にすること、平和を保つことです。
親密感を持つのが大変なのは無理やりにするからですが、それでも無理矢理にでも努力して下さい。

試練や苦難に勝利する秘訣

◼2014/1/30
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼タイトル:
◼聖書箇所:ヤコブ1:12−18

★メッセージ

今年も一月が過ぎようとしています。元旦で積極的に祈りましたがそれは実を結んでいるでしょうか。
クリスチャンの人生は冒険の生涯であり霊的な戦いの場です。試練や苦難に勝利する秘訣を語っているのがこのヤコブの手紙です。

まずは、試練を耐え忍ぶことです。試練が好きな人はいません。誰もが試練はできるだけ避けたいものです。しかし12節では、試練を耐え忍ぶ人は幸いです、と伝えています。日本人は我慢することを美学とするところがあります。内面は苦しくても外面は何もないように振る舞います。我慢というのはある意味何もしないで放っておくこと、自分の殻に閉じこもって時間が解決してくれるのをただ待っているようなものです。
苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生みます。苦難だからといって何もしないでいてはいけません。練達を生むためには努力しないといけません。耐え忍ぶ人には、命の冠、天国の冠をいただきます。私たちの姿は、落胆してただ待っている姿でしょうか?それとも試行錯誤して戦い抜こうとする姿勢でしょうか?自分の姿を確認して、試練に立ち向かう者となりましょう。

二番目に、私たちはいつも誘惑にさらされています。誘惑は欲望という針についており、その偽のエサに誘惑に罪を冒してはいけません。ザコという魚はエサがなくても勝手に針に食いつき漁ることができます。

三番目に、勝利の秘訣が主からくることを信じることです。真理の言葉によって私たちは新たに歩み始めます。神の子の名を信じている者は必ず世に打ち勝ちます。

2014年1月28日火曜日

律法に関する6つの命令(後半)

◼2014/1/28
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:マタイ5:33−47

★メッセージ

マタイ5章では律法に関する6つの命令が書かれていますが、後半の三つについてです。
第一は「誓ってはならない」です。当時は型式的に誓う者が多く主はそれを戒められました。軽率に誓うよりも心から祈りを捧げ主に従う者となりましょう。
第二は「復讐してはならない」です。復讐ではなく贖罪であるべきです。加害者であるなら積極的に悔い改め、被害者であるならば積極的に赦しましょう。
第三は「敵を愛しなさい」です。敵を好きになるようにと命じているのではなく愛しなさいと仰っています。好きになるのは感情的な問題ですが、愛するというのは意思的な行いです。キング牧師も「敵を愛しなさい」とメッセージしました。黒人に対して、黒人を迫害する人々を愛しなさいと伝えました。そして、愛の力の大きさを体験することになりました。

2014年1月26日日曜日

聖霊の力で証人となろう(3)

◼2014/1/26
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼タイトル:聖霊の力で証人となろう(3)
◼聖書箇所:第一コリント12:1−11

★メッセージ

今年与えられた主題である「聖霊の力で証人となろう」を実際に体験する一年となりましょう。まず霊的なことが何であるか、そして生活の細かいことに至るまで主が導かれ、周囲の家族、友人まで証できることを信じましょう。聖霊の賜物はパワーです。このパワーを単なる理論で終わってはもったいないです。実際に聖霊に満たされて主の業を体験しましょう。

1.御言葉と関連ある賜物が一番です。
8節 霊によって知恵の言葉が与えられ  ローマ12章は主に平信徒に与えられる7つの賜物が書かれており、そのうち二つは御言葉に関する賜物です。
エフェソ4:11 ある人を使徒、預言者、福音宣教者、牧者として立てられました。平信徒は牧師ではありませんが、牧師のような働きをすることができるのが、今の恵みの時代です。
聖書を暗記したとしても主イエス・キリストとの関係があいまいであるならば御言葉の力を体験することはできません。福音のポイントは主イエスであり、一つも罪を犯したことがなく人々の罪を背負って十字架につけられて死なれ蘇ったこと、それを信じることです。
イエスキリストが死なれたとき、みな散ってしまったのに、50日後には120人が大胆に祈りました。この変化は聖霊によるものです。
ヨハネ14章は真理の霊:すべての記憶を思い起こしてくださる、平和の霊:どんなところでも守ってくださることの表現です。
詩篇119:105 あなたの御言葉はわたしの道の光、歩みを照らす灯火です。
マタイ5:17 律法を廃止するためではなく完成させるためにイエスキリストは来られました。
マタイ5:18 すべてのことが実現し天地が消え失せるまで律法の文字から一点一画も消え去ることはない。
初代教会では120名の弟子たちが120万人を圧倒し、毎日3000人が洗礼を受けました。

2.信仰の賜物である。
ヘブライ11:6 信仰がなければ神に喜ばれません。神を信じる者は報いてくださることを信じなければいけません。
ローマ10:17 実に信仰はキリストの言葉を聞くことにより始まります。

3.奇跡を行う賜物、病を癒す賜物、霊を分別する賜物、異言を語る賜物など

2014年1月23日木曜日

天の国を宣べ伝えるイエス

◼2014/1/23
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:天の国を宣べ伝えるイエス
◼聖書箇所:マタイ4:12−25

★メッセージ

スクールテープの手紙をCSルイスが書きましたがとても辛かったそうです。クリスチャンをサタンが攻撃して弱めてしまうことがたくさんありました。神様の御言葉を聞かないように祈らないようにし向けます。全能なる神様の御言葉を聞かないようにしてしまいます。

「悔い改めよ、天の国は近づいた。」イエス様の初めてのメッセージは天の国です。肉の欲望に関することではなく、本当の真理は神の国にあることを解きました。現代は多元主義でありいろいろな考え方がありますが、人の考えでは救いに預かることはできません。
天の国に入るためには悔い改めが必要です。キリスト教の最大のポイントは罪の赦しです。他宗教では善を行いなさいと言いますが罪の赦しがありません。ノンクリスチャンが救われないのは罪を認めないから、罪を知らないからです。
今まで一つも罪を犯したことがなかったとしても、ただ一度人を殺したら殺人者です。物を盗んだら泥棒と一生涯呼ばれます。どんなに正しく行きたかに見えた人生もただ一度の罪により罪人とされてしまいます。
ギリシャ神話を見るとそこに登場する神々が罪をたくさん犯します。日本の神話も同じであり、淫乱と復讐にまみれており人間よりもひどい罪を犯します。ですから、聖書の神が全く罪がないというのが理解しがたいかもしれません。
人間が一番心に突き刺さるのは罪を指摘されることですが、悔い改めるのは恵みであり神の国に入れるようになります。罪を指摘されたとき反発するか悔い改めるかで神の国に入れるかどうかが決まります。
天国での四つのP、pardon、peace、power、purposeがこの世でも体験できます。

クリスチャンは考える人であるべきです。今の時代は考えない時代でありそれゆえにサタンに簡単にだまされてしまいます。
イエス様は「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう。」と言われました。筍長がするのがまさにこの働きです。
神様は食べさせて下さいます。お米はただで与えられています。お米にお金を払うのは主に農夫の手当です。
イエス様に従う者は自分のものを捨てなければいけません。
弟子には即時的な従順を主はときに要求されます。主日を守ること、洗礼を受けること、罪を悔い改めることなど、今すぐにでも行うように勧めましょう。

牧師先生は27万円だけ持って日本に来ました。家賃8万円の家を借り二ヶ月分の家賃を払ったら9万円しか残りませんでした。誰も知り合いもいなく頼る人がいない中で主の御前に行って祈ったら、エリヤがカラスによって食べさせられた場面を覚えました。それから一度もお金に困ることなく日本宣教を成し遂げてきました。主は必ず私たちの生活を支えて下さいます。

現代人が求める快楽は三つのS、sports、sex、speedといわれます。聖書を学ぼうと誘っても時間がないと言って一生懸命働いて、スポーツや趣味や罪の世界に身を投じてしまいます。

イエス様が洗礼を受けた理由

◼2014/1/23
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼タイトル:
◼聖書箇所:マタイ3:13−4:11

★メッセージ

教会や先生方のために働くことで何か利益を得られるわけではありませんが、どうして主に用いられようと尽くすでしょうか?主に用いられること自体が大きな報酬です。ときに葛藤や疲れもあるかもしれませんが、一年間、主に捧げる心を忘れずに励みましょう。
イエス様がヨハネのところに行って洗礼を授けるように依頼したことはどれほど不思議なことでしょうか。親が幼児に食べ物ちょうだいと頼むようなものです。立場が逆転してコミカルな状況です。イエス様の誕生自体が不思議でコメディといえます。イスラエルの王、救い主が生まれるというのに、ヨセフとマリアが休むところもなく馬小屋で生まれるのです。悲しさを超えて痛快さをも感じえます。
イエス様のように生きるとはどういうことでしょうか?イエス様のように自分を低くして人々に仕えなければいけません。持っていないのに持っているふりをしたり、力がないのに力があるふりをしたり、そのような虚しい態度を悔い改めましょう。
イエス様が現れてから弟子たちがヨハネを離れてイエス様のところについていってもヨハネは全く気にとめません。彼は自分が花婿の付添人であることをよく心得ていました。ヨハネの信仰告白はその生き方自体が正しくかっこよいものでした。イエス様が栄え自分は衰えねばならないと言います。
イエス様が洗礼を受けた理由の本質はどこにあるでしょうか。イエス様はすべてのクリスチャンの生き方のモデルとなるためにこの世に来られた神の子です。イエス様は祈る姿、伝道する姿などすべての行いを見せました。ただ、模範を見せるだけが目的ではなく、具体的に人々を救いに導くためです。
悔い改めて洗礼を受けなさい、そうすれば聖霊を賜物として受けます。聖霊によってイエス様が働かれます。水の洗礼を受けたイエス様のところには聖霊が下って来られました。洗礼によってイエス様ご自身が聖霊に満たされることを見せて下さいました。そして、聖霊の力で悪霊に打ち勝ち、病人を癒し、死人を生き返らせました。
日々の生活で不安なところがあるでしょうか。今日も悔い改めて聖霊の満たしを求めましょう。主は、わたしの愛する子、わたしの心に適う者と呼んで下さいます。
アタナシウスは、キリストが自ら引き取られないものは救われないと言いました。古代では、肉体は悪しきものと捉えましたので神が肉体を持ってこられるわけはないと考えました。もう一方は、ただ神様を信じればいいではないかと考えました。その神は誰かというとイエス様です。
サタンは「誘惑する者」です。神の子なら飛び降りたらどうだと言います。父なる神様ご自身がイエス様を神の子と称しているのですから神の子であることは明白です。それなのに、サタンはイエス様に誘惑をしかけます。サタンは悔い改めができません。常にゆさぶって他人を誘惑します。サタンは三つの誘惑を仕掛けました。一つ目はパンでした。それ自体は悪いものではありません。むしろ、パンを食べなければ生きていけません。二つ目は、神秘や奇跡であり、それも悪いことではありません。三つ目は栄華でありそれ自体は良いことです。主は貧困よりも反映を願われるでしょう。人々はパンの問題が解決されれば幸せになれるでしょうか。奇跡の問題が解決されれは救われるでしょうか。
サタンの言葉に耳を傾けずに聖霊の力で勝利して下さい。イエス様の御業はすでになさったことです。イエス様の御業を体験してただ伝えるだけです。聖霊に満たされたものは神様の御言葉と聖霊の力が与えられます。

2014年1月22日水曜日

bestはthe bestの最大の敵

◼2014/1/22
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:マタイ3:1−12

★メッセージ

パプテスマのヨハネはこの世の基準からすると評価されませんでしたが、主に褒められました。私たちもこの世の富や物質への執着から解放されるようにして下さい。シンプルライフをする人は強いです。お金や権力にこだわりません。それらに関心があると心を奪われてしまいますが、神の国だけ考える人はそれらに惑わされません。
bestはthe bestの最大の敵です。最良のものに全力を注ぐべきです。ヨハン教会の兄弟姉妹たちもthe bestに力を注げるようにして下さい。
イエス様を信じると救われ天国に行きます。これが私たちのメッセージの確信であるべきであり、生活の中心にあるべきです。
悔い改めのすばらしい実を体験して下さい。悔い改めるときその人には天国が訪れます。天国は遠くにあって目指すものではありません。悔い改めによりその時から天国がその人の内にあります。

2014年1月19日日曜日

聖霊の力で証人となろう(2)

◼2014/1/19
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼タイトル:聖霊の力で証人となろう(2)
◼聖書箇所:ローマ8:1−11

★メッセージ

クリスチャンでも過ちを犯しえます。誘惑に負けたり間違ったことをすることもあります。しかし、1節にあるように、キリスト・イエスに結ばれている者は罪に定められることはありません。
罪の出発は創造主でおられる神との関係が絶たれたことです。人が罪を犯す前アダムにはすべての権能が与えられておりすべての動植物を治め、三位一体の神様を理解できました。太陽さえ命じれば応じるほどでした。アダムには妻エバが与えられました。
自ら聖霊様を突き放すようなことをしなければ聖霊様は決して離れません。命をもたらす霊の法則が罪と死との法則から解放されました。明るい自画像がここから来ます。
33節 誰も神に選ばれたものを訴えることはできません。 34節 また罪に定めることもできません。成績が良い人は先生が強調することに従って自分もそこを勉強します。自分なりに成績がある程度良くても客観的に成績が悪い人は先生が強調することとは別のことを自分で強調して勉強します。このような人は悩む必要はありません。もしかしたらエジソンのように大発明をする可能性があるかもしれません。
誰もが弱さと未熟さがありますが、クリスチャンは神の国で祝福される権利を決して奪われることはありません。それを確信しましょう。
3節〜8節 罪には決して定められないのですから負けてはいけません。 9節 安心しなさい。聖霊様は私たちを慰め励まして下さいます。
ジョン・カルヴァンは、完璧すぎる思想はサタン的でもあると表現しました。

2014年1月16日木曜日

バベル

◼2014/1/16
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:バベル
◼聖書箇所:創世記11:1−9

★メッセージ

ハリウッド映画は最近少し変わってきています。今年はノアの話が放映される予定です。人々は世の中の虚しさの中で聖書の中に真実があるのではと考え始めています。
天国の言葉を使いましょう。感謝の言葉、赦しの言葉、愛の言葉を使いましょう。今年はまず褒めて下さい。褒めてあげてそれから命じたら人々は変わっていくでしょう。ヤコブ3:2 言葉で過ちを犯します。
人々を育てるときにはどんどん話してください。
人は栄光を受けようとするときから問題が生じます。栄光は主に捧げ、私たちはただ当然しなければいけないことをしただけですと言いましょう。リーダーになる人は自分が主人公になるのをやめましょう。むしろ、これから育てる人を主人公として立てて下さい。
意思疎通では言葉の外側だけでなく内側を読まなければいけませんし、自分の内側を積極的に話さなければいけません。自分の内側を全く言わないのに人々は自分をわかってくれないといつも不満に思う人がいます。
私たちはイエス様を信じても願う通りにいかないこともありますが、その中で主が共にいらっしゃることに感謝して賛美するのがクリスチャンの人生です。
私が持っているものをいったん置いて主が願うものを持っていくのが信仰です。自分の力で生きたのに主の力で生きたかのように見栄をはっていることを打ち捨ててください。

ヤコブの成長

◼2014/1/16
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼タイトル:
◼聖書箇所:創世記31:1−21

★メッセージ

ヤコブの叔父であるラバンは心が移り変わりやすくヤコブにつらく当たる悪賢い人でした。ヤコブも生まれるときにエサウを押しのけて出ようとしたほど負けず嫌いの人でした。ヤコブは一生懸命に働いてヤコブの財産が増えていきましたが、ラバンはそれを妬んだことでしょう。会社のオーナーよりも雇われ社長のほうが財産が多くなったら良い気はしないようにです。ヤコブはラバンのもとに留まっていたら危ないと感じて逃げ出します。
3節 ヤコブが生まれた家に帰るのは主のご計画でありヤコブにした約束でした。ヤコブは20年間も異邦の地で無駄な時間を過ごしました。出エジプト後、イスラエルの民が40年間も荒れ野をさまよったようにです。一度人生を間違ってしまえば10年、20年などあっというまに過ぎてしまいます。インマヌエルの神様に自らの人生を委ねましょう。
神様の御言葉が聞こえるようになってからヤコブは心が柔らかくなります。主が伴われると人の心は柔らかくなります。主を知らない日本人は自分はこういうふうになってしまったから仕方ないと考え心が固い人が多くいます。
枝的な瑣末なことで悩むのではなく幹的な考えで勝負して下さい。幹は私と主を結ぶ太い絆です。
ヤコブが多くの家畜や奴隷を抱えていながら生まれ故郷に移動して帰ることは不可能でしたが、主がそれを実現して下さいました。私たちの身の回りにある大きな問題も主が解決して下さいます。

2014年1月13日月曜日

ノアの信仰

◼2014/1/13
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:創世記8:1−22
◼メッセンジャー:李秀永宣教師

★メッセージ

神様からの愛がすぐに見えないときにすぐに神様から離れてしまうような汚い心が人間にはあります。しかし、神様はそれとは反対で、私たちがどんなものであっても何をしようとも常に愛して下さる方であります。
ノアは鳩を放して地上の様子を確かめました。ついに鳩が帰って来ず地面が乾いたことがわかりましたが、ノアはすぐに出ることなく神様が命じられるのを待ちました。人は自分の感性や経験などからこれを行えば必ずうまくいくだろうと判断することがありますが、そのとき、主から答えをいただくまで待つようにしなければなりません。
ノアと多くの動物たちが箱舟に乗っていましたので、臭いや糞の処理はどのようなものだったのでしょうか。それらはわかりませんが、おそらく主は長期間箱舟に乗っていても問題ないようにすべて備えて下さったはずです。あらゆる人智を超える主が私たちを導いて下さることを感謝しましょう。
烏と鳩を放しますが、烏は自分のことしか考えず、出たり入ったりするだけでした。鳩はノアの意をくみ取り、外に行って大地の状況を調べてきました。
行くべきか下がるべきか、主が命じる前にはとどまって主の命令を待ち祈るようにしましょう。
マラナタ、主よいらっしゃって下さい、私はここにいます。自らの祈りを主に捧げるいけにえとしましょう。

2014年1月12日日曜日

聖霊の導きに従って歩みましょう

◼2014/1/12
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼タイトル:聖霊の導きに従って歩みましょう
◼聖書箇所:ガラテヤ5:16−26

★メッセージ

教会とはどのようなところでしょうか。漢字が本来の意味をわかりにくくしていますが、何か教えたりするところではありません。ギリシャ語ではイグレシアといいますが、聖霊の力によって人々が集まるところです。
聖霊は一番わかりずらいものです。聖霊は日々私たちに働かれて体験していますが、言葉で言い表すのが難しいです。神学者が学問的にいろいろ解き明かしますが、それも全く十分ではありません。聖霊について理解したり言葉で言い表すことはできませんが、聖霊はうめきをもって私たちをとりなし助けて下さる方です。聖霊は、乾いた地に雨を降らせ潤して畑の土に生命力を与えて下さる方であり、ときにはペンテコストの火のように炎の情熱を与えて下さる方、さらには風のようにどこから来てどこに行くのかわからない方であり、自由な存在であります。知識が足りないときには知識を与えて下さる方であり、私たちに適切な御言葉を与え導いて下さる方です。
聖霊はデュナミスでありデュナマイという動詞は「できます」という意味であり聖霊にはすべてが可能です。
助け主はギリシャ語ではパラクレトスであり、パラとは共にいること、すなわち共にいて助けて下さる方です。

5:16 霊の導きに従って歩みなさい。ジョン・ノックスというスコットランドの宣教師は女王から何度も迫害され奴隷船の奴隷にさえされたことがありましたが、聖霊による戦いを決してやめることなく最後まで戦いついにスコットランドの地の宗教改革を成し遂げ、有名なスコットランド信仰告白を生み出しました。彼は、聖霊が知らなかったときにはむしろ気楽であったが、聖霊が宿られると激しい葛藤が起こると言いました。時間、お金、賜物の使い道について今までの自分を捨てることに様々な葛藤があります。
イエス様は肉体を持ってこられ、また肉体をもって復活された方です。主は私たちの肉体も愛しておられます。クリスチャンは禁欲主義者ではありません。肉体を制御したとしても罪の問題はなくなりません。罪は私たちの心の内から出てくるからです。聖書の「肉」とは肉体のことではなく、聖霊に反するすべての私たちの罪の心をさしています。肉の欲望は私たちから自由を奪い罪の中に飲み込み罪の中毒に陥れます。聖霊は私たちを肉の欲望から自由にさせようとします。ヨハン教会の信徒のみなさんも、今年一年、聖霊様と共に肉の欲望と戦って勝利しましょう。
肉は良きものをダメにしてしまいます。罪によって若くして死んでしまう人もいます。肉による罪とはもったいなさでもあります。せっかく主からいただいた命を簡単に失ってしまったらどれほど残念なことでしょうか。
聖霊は愛であり喜びです。疲れた心にも喜びを与えて下さいます。聖霊だけが真の平和を与えて下さいます。罪に対しては激しく戦いますが、寛容、親切、善意、誠実、柔和の方であり、節制をされる方です。一年間、聖霊の働きが目に見える形で数えられる形で現れるように祈ります。

2014年1月9日木曜日

教会は霊的な病を癒す病院

◼2014/1/9
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼タイトル:
◼聖書箇所:エフェソ4:22−32

★メッセージ

年が新しくなっても組織の編成が変わっても本当に変わるのでしょうか?人の中身が変わらない限り現状は同じです。いつも古い自分に縛られていて全く変わろうとしない人がいます。劣等感、比較意識、これらのものが人の心を支配しておりなかなか変わりません。これらを脱ぎ捨て本当に新しく変えられましょう。
教会は病院ともいえます。皆いろいろなところが病んでいます。足の不自由な人が手の不自由な人を馬鹿にできるでしょうか?目が見えない人が耳の聞こえない人を馬鹿にできるでしょうか?自分では気づいていないかもしれませんが、皆、霊的な病を抱えておりそれが癒されなければいけません。イエス様は病人に来なさいと言われ癒されました。イエス様が私たちの病を癒されます

2014年1月5日日曜日

聖霊の力で証人となる

◼2014/1/5
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼タイトル:聖霊の力で証人となる
◼聖書箇所:使徒言行録1:4−11

★メッセージ

1.主の御名によって集まることに努力しましょう
ヘブライ10:24−25 集会を怠らずに励まし合いましょう
集まって主の御名を呼び求めるときに奇跡的なことが起こりました。使徒言行録1:12− 120人ほどの人々が一つになって祈っていた。
組織を立て直すときには、集まって悔い改めの祈りをし再整備しなければなりません。1:12からは人的な再整備を行い10日間が経過しました。12弟子からイスカリオテのユダが脱落したため、代わりにマティアを選びました。
聖書において間違ったことを徹底的に悔い改め二度としないという決意を行います。
エステル4:16 女官たちと共に断食して祈った。
集まって祈るときにあらゆる祈りの答えがあると確信しましょう。

2.聖霊が降ると力を受けます
聖霊の力はデュナミス、語源はダイナマイトと一緒であり爆発的なことを意味します。
使徒言行録4:12 主の御名の他は祝福はありません。これは絶対的な真理であり信じる人にはあふれるばかりの恵みが注がれます。
毎日で会う人に何をしてどのようにすればよいか悩むことは清い悩みであり主が喜ばれます。

3.聖霊の力を受けるためには
救いの確信、罪の悔い改めが必要です。倫理道徳的な過ちがないようにしましょう。
切に従い求める必要があります。イザヤ書 鹿が水を求めるように切に求めます。