2014年6月29日日曜日

キリストにおいて満ちあふれる神の恵み

◼2014/6/29
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼タイトル:キリストにおいて満ちあふれる神の恵み
◼聖書箇所:エフェソ1:3-6

★メッセージ

カリスマのカリスとはギリシャ語で賜物という意味であり、主からの贈り物です。自分の力で得たものではありません。恵みとは驚き、サプライズです。予想もしなかったのに与えられるのです。恵みを知る時に主に戻ります。
主なる神様は天地を造られた方であり命を与え奪うことのできる方です。主なる神様は軽んじられるべきではありません。旧約時代には聖所に入るときには身も心も完全に清めて入りました。そうでなければ打たれて死んでしまいます。主なる神様は畏れ多い方です。
3節にあるように主を賛美してその方に祝福を捧げることです。礼拝でも必ず賛美します。
4節ではさらに大きなサプライズが待っています。天地想像の前から、神は私たちを愛して、キリストにおいて選ばれました。宇宙を動かす原動力は愛です。歌の歌詞のように抽象的なものではなく、実際に働かれているキリストの愛です。この世の天地も動植物もすべて作られたのは、私たちに対する愛のためです。私たちが神様を選んだのではなく神様が私たちを選んだのです。私たちが主を探したのではなく主が私たちを先に探し当てたのです。イエスキリストだけを信じてとどまりイエス様だけに信仰を告白しましょう。主なる神様は清いものですから、清いものとなるように生きて下さい。主なる神様は私たちが清いから選んでのはありません。私たちが罪人であることをご存知ですが、それゆえその罪を贖い清くするために私たちを選ばれました。
5節では、神様は私たちをキリストによって神の子にしようと定められました。私たちの身分が変わり罪人から神の子とされました。古い習慣を捨て新しい習慣を身につけましょう。
6節 神の御子イエスキリストによって輝かしい恵みが与えられていますが、それを体験しましょう。主なる神様を褒め称えるためです。

2014年6月26日木曜日

南の王と北の王の戦い

◼2014/6/26
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:南の王と北の王の戦い
◼聖書箇所:ダニエル11:1−19
◼メッセンジャー:金ソンソプ宣教師

★メッセージ

聖書は単なる歴史書ではありません。イスラエルやギリシャの歴史など興味ない人もいるでしょうし、ローマや他の強大な国の歴史から比べたらたいしたことはないかもしれません。しかし、聖書の内容は私たち人間の罪からの救いの歴史であり、すべての民と人が知る必要があるものです。
ダニエルは多くの王に仕えました。ダニエルが最初に仕えた王は新バビロニア帝国のネブカドネツァル王です。バビロニア帝国の全盛期で他民族を捕囚し自国の文化を教えカルデア人に同化させました。次にはベルシャツァル王で、そのときには王朝は終わりを迎えていて、人の手が現れて終わりを予言しました。次に、メディア人のダレイオス王に仕え、さらにペルシア人のキュロス王に仕えました。
この世の国はすべて移ろうものであり、ただ神の国にしか真の平和がありません。
三人の王の一人はキュロス王で、イスラエル民族を解放しイスラエルに帰ることを許しました。次はカンビセス二世、そして、ダレイオス王一世と言われています。ダレイオスとは王の総称であるとも言われています。第四の王はクセルクセス王です。決起盛んな王であり、その軍隊は少なく見積もっても80万、多ければ530万もあり、ギリシャに挑戦しました。しかし、ギリシャを制服することはできず、やがて衰退し、次にマケドニアからアレクサンダー大王が現れます。彼は一気に勢力を広げるものの若くして死に、王朝は四つに分割され将軍たちがそれぞれの王になります。東はシリア、南はエジプトで、聖書では北と南の王朝として描かれています。

シリアとギリシャの王朝が激しく争いますが、これはいつも復讐の繰り返しで、勝ったり負けたりを繰り返します。この歴史は徐々にイエスキリストに向かっていきます。17節の和睦のために北の王から南に嫁いだ娘はクレオパトラですが、彼女は父親を裏切りエジプト側につきます。やがてギリシャは衰退し、ローマが台頭します。そのローマから遣わされたヘロデ王のもとで、ベツレヘムでイエスキリストが生まれることになります。

信仰の妨げが取り除かれるように

◼2014/6/26
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:ダニエル10:9−21
◼メッセンジャー:柳廷勲宣教師

★メッセージ

信仰の妨げは何でしょうか?自分の内側にある問題でしょうか、外側にあるものでしょうか?自分を覆っている悪い皮をはいで下さい。今日の実りは、今日一日どれだけ敬虔に清く生きようとしたかが関係しています。聖霊に満たして下さいという祈りも大切ですが、何よりも、私が清く歩みたいという心がもっと重要です。亀のような心の硬い殻を脱ぎ捨てて下さい。赤ん坊のようにすべすべのきれいな表面になりましょう。私たちの自我はとても硬いものですが、主が柔らかくして下さいます。
リバイバルする教会は男性がお父さんたちが祈る教会です。韓国でも成長する教会では、国や企業の大きな責任ある立場にある人が前の方に出て涙を流しながら切に祈ります。国や企業のために祈ることはどれほど強いことでしょうか。
ダニエルは祈る人でした。
日本に霊的な流れが作られ東京オリンピックを通して世界にまでもその流れが伝わっていくことを期待しましょう。
ローマ8:38にあるように、私たちを主から引き離すことは誰もできないのです。マタイ8:26 主が命じられると嵐も静まりました。

2014年6月24日火曜日

ダニエルが見た夢

◼2014/6/24
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:ダニエル9:20−27

★メッセージ

ダニエルが見せられた夢は難解でありますが、ダニエルになくて私たちにあるのは新約聖書とイエスキリストです。
23節 嘆き祈り始めたとき御言葉が出された  祈りに対する主の答えはすぐに出されます。祈り始めると瞬時に主は聞いて必要であれば答えを与えてくださいます。
24節から27節まで終末の予言が与えられました。ダニエル書では一日を一年と考えれば、7週は490年、約500年にあたります。ダニエルの時代から計算するとだいたいAD30年くらいに当たります。これはまさにイエスキリストが十字架につけられる年にあたります。油注がれた者:イエスキリストは、不当に断たれ十字架につけられます。

2014年6月19日木曜日

ダニエルの夢と幻に対する解釈

◼2014/6/19
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:ダニエルの夢と幻に対する解釈
◼聖書箇所:ダニエル7:15−28

★メッセージ

この世の国は栄枯盛衰です。今強い国はやがて弱くなって滅びまた別の国が強くなります。人の世界はこれを繰り返しています。人間の国は罪の法則によって治められており誰かの犠牲の上に成り立っています。一方、神の御国は神の法則、清さの法則によって治められており決して滅びることはありません。義と愛によって治められています。教会は神の国ではありません。羊も山羊も混在していますし、悪い者もいます。ただ、教会は神の国の印であり始まりです。
歴史は移り変わり艱難がやってきますが、歴史の主人公はただ一人神様だけです。主なる神様は今日の万国の人々の王です。その人が信じている信じていないは関係なくすべての人の王であります。
主のために苦しみを受けることはむしろ喜びと思わなければなりません。すでに救われており聖霊の力を受けています。キリスト教が入った国で変わらなかった国はありません。苦しみと艱難の中でもすでに勝利されています。
悪は裁かれなくとも自ら滅びます。この日本でも神様の御国が臨むように祈りましょう。

ダニエルの見た夢-王国の予言

◼2014/6/19
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:ダニエル7:1−14

★メッセージ

新聖歌428番はビバリーシェアのお母さんによって作詞され、彼によって歌われました。この賛美は、1994年のビリーグラハム大会のときにも歌われました。
聖霊に満たされるには、一つは聖霊様を信じていること、二つ目は悔い改めの心があること、クリスチャンであっても誤ちはありますので、そのたびに悔い改めて赦していただくように。
ダニエルがあのように信仰を守り通したのは三人の信仰深い友達がいたからだともいえます。私たちも、信仰で強め合う友達三人以上を作りましょう。
第二コリント12:10 わたしは弱いときにこそ強いからです。パウロは窮乏状態にあったり迫害にあったりあらゆる苦難を受ける中で主が助けてくださいました。パウロはそれらをもって主に栄光を帰します。

バビロンの最後の王がべルシャツアルでした。1節から8節までは4つの獣の幻です。2章でダニエルはネブカドネツァル王の夢を解き明かしましたが、それと同じ種類の夢をみました。
第一の獣はネブカドネツァル王を意味します。ネブカドネツァル王はダニエルが夢を解き明かしたときには神を大いに賛美しましたが、あるときはとても高慢でした。そのため、彼は7年間獣のようになり荒れ野で過ごしました。その後、回復されてからは決して主を否定しませんでした。
第二の獣は、熊のようです。三本の肋骨はコレル、ダレオ、クセルクセスという三人の王様がいましたが彼らを意味するという説もあります。広い国を支配しましたが、ダニエルの時代よりは衰えていきます。
第三の獣は、ギリシャを意味します。鷲の翼でなく鳥の翼でした。早いことは早いのですが最強ではありませんでした。頭四つは四人の指導者を意味します。アレクサンダー大王が亡くなった後、王国は別れ、エジプト、シリア、マケドニアに分かれます。
第四の獣はローマを意味します。鉄は金や銀よりも強くこの世を蹂躙し500年以上にわたって支配しました。10本の角は、ローマが支配している10カ国、あるいは10人の強い王を意味します。もしくはローマ後の時代を意味するという説もあります。今はローマ後の時代です。現代のG7の国はほとんどヨーロッパにあります。もう一本の小さな角は反キリストです。
白い衣は父なる神様を意味します。巻物は聖書を意味するという意見があります。

2014年6月17日火曜日

ダニエルを陥れた禁令の期間の絶妙さ

◼2014/6/17
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:ダニエル6:1−18

★メッセージ

どこに行っても聖書通り、主の御旨どおりに生きようとするものを主は祝福してくださいます。ダニエルは異邦の地でも主への信仰を守り通し主が命じられたとおりにしました。私たちも遣わされた会社で、自分がいるゆえに会社が祝福されているというような清いプライドを持ちましょう。
ダニエルがいた場所では多くの偶像崇拝的な行事が行われていましたが、ダニエルは明確に自分の信仰を表し決してそれらの行事に加わりませんでした。だから、大臣や総督たちは、30日もあればダニエルを陥れることができると考えたのでしょう。また、30日間の禁令というのはダニエルにとって大きな誘惑であったに違いありません。なぜなら、永遠に禁じられたなら、守ることができないと反対するかもしれませんが、短期間であれば妥協してしまおうという心が働くからです。

2014年6月15日日曜日

聖霊の力で福音のために戦う

◼2014/6/15
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼タイトル:聖霊の力で福音のために戦う
◼聖書箇所:フィリピ1:27−30
◼メッセンジャー:金ソンソプ宣教師

★メッセージ

私たちはイエスキリストの救いの恵みによって救われるのです。自分の行いによるのではありません。ルターはこの真実を発見しました。もし救いが自分の行いによるならば、その救いはいかに脆いことでしょうか。私たちはすぐに弱り傷つき落ち込みます。そのたびに救いが失われてしまうことになります。
ヨハン教会の皆さん、私たちの信仰は単なる情熱や盲目的なものではありません。子どもたちは純粋に何でも信じ、仮に特別なマントを身にまとえば飛べると教えたら本当に信じてマントを身にまとって飛ぼうとするでしょう。しかし、実際には飛べません。このような盲目的な期待ではなく、信仰とは主の恵みによって実際に実現されるものです。
27節 キリストの福音にふさわしい生活を送りなさい。私たちは何にプライドを置いているでしょうか。自分の能力やお金や地位や名誉でしょうか。これらは変わってしまうものですが、変わることのない福音に、私たちが天国の市民であることにプライドを持ちましょう。フィリピの人々はローマ市民であることにプライドを持とうとしましたが、パウロはローマ市民でなく神の国の民であることに誇りを持つように勧めています。
ローマ人は知性においてギリシャ人に及ばず、体力においてはゲルマン人に及ばず、技術力はイタリア人に及びませんでしたが、どうして強い帝国を築けたのでしょうか?それは絶対に負けない忍耐強さと組織力でした。ローマの軍隊はきれいに隊列を組み毅然良く戦いに向かいます。
今日はワールドカップの日本の試合がおこなわれています。それにもかかわらず礼拝に来られたヨハン教会のクリスチャンは恵みですね。サッカーの試合はゲームですが、それでも11人が一つとなって試合に臨みます。福音を伝える働きは命の働きですから、ますます一つとなって霊的な戦いを戦いましょう。
29節 キリストを信じることだけでなく苦しむことも恵みとして与えられているのです。私たちが少しでもイエス様の苦しみを味わい苦労するならば、イエス様も苦しみを受けているのであり、より深く憐れんで下さるでしょう。私たちだけでなく世界中ではあらゆるところで福音のために戦っています。共産主義の国では、公に礼拝をすることができず教会は迫害と圧迫に遭い、地下で礼拝を捧げ戦っています。

2014年6月12日木曜日

ネブカドネツァルの二度目の夢

◼2014/6/12
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:ネブカドネツァルの二度目の夢
◼聖書箇所:ダニエル3:31−4:15
◼メッセンジャー:柳廷勲宣教師

★メッセージ

神秘主義が前面に出ることはいけませんが、乾いた信仰生活に潤いを与えるためには、ある程度の神秘的な事象も必要です。ネブカドネツァル王も燃える炉でも人を守られる神様を体験しました。ただ、ネブカドネツァル王は神秘を求める存在になりかねないかもしれません。
ネブカドネツァル王はときの最大の権力者であり、当時の権力者は現代の王や首相とは比較にならないほど絶対的でした。その王が奴隷として連れてこられた一少年にすぎない者が信じている神様を称えたのです。ネブカドネツァルは確かな信仰ではないかもしれませんが圧倒されて神を褒め称えたのです。日本でも、政治界や経済界の大物が突然神を褒めたたえることがありうるでしょう。
絶対的な権力者が少年ダニエルを偉大な者として称えます、これは滑稽にも思えるくらいとんでもないことです。

「そうでなくとも」の信仰

◼2014/6/12
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:ダニエル3:19−33
◼メッセンジャー:金圭東牧師

★メッセージ

ダニエルとその友人三人は異邦の地で礼拝もすることもできず生活の中でも困ることだらけでした。しかし、彼らは一言も文句を言わず、信仰が落ち込むことも全くありませんでした。この姿を私たちは見習うべきです。
彼らは自分たちを燃える炉から必ず助けて下さるという信仰を持っていました。そればかりでなく、「そうでなくとも」と言い、助けがなかったとしても偶像崇拝の罪は犯しませんと宣言します。
会社では勤務時間には誰よりも一生懸命働いて実績を残す必要がありますが、だからといって、周囲の人の監視で心が弱くならないようにしてください。勤務後、休日には主と交わり霊性を常に保ちましょう。

2014年6月10日火曜日

ネブカドネツァル王の夢

◼2014/6/10
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:ダニエル2:31−49
◼メッセンジャー:辻大輔宣教師

★メッセージ

なぜダニエル直接ではなくネブカドネツァル王を通して主は夢を見せたのでしょうか?ヨセフとエジプトの王ファラオの場合も一緒です。ダニエルと三人の友達の四人は異邦の地で捕囚の身であり、いつも命の危険に侵されていました。王様の食事を断るなど、いつ殺されてもおかしくない状況でしたが、信仰的に全く妥協しませんでした。この四人には権力も名誉もありませんでしたが、ただ信仰だけがありました。ですので、絶対権力を持つネブカドネツァル王を通して用いられました。主は周囲のノンクリスチャンを用いられ主を証するようにさせてくださいます。
金がバビロン、銀はペルシアとメディア、青銅はギリシャ、鉄はローマ、そして足の鉄と陶土はその後の混乱した国が国々を指しています。金から銀、青銅、鉄へと、だんだんと質が落ちていきます。これは統率する王の権力や国力が落ちて混乱して行く様子を表しています。
44節 天の神は一つの国を興されます。この国は永遠に滅びることなく、すべての国を打ち滅ぼし、永遠に続きます。これは、イエスキリストの降誕と神の国の到来を示しています。神の国とはこの地に建てられる教会であり全地に広がります。
ダニエルやネブカドネツァル 王が夢でしか見ることができなかった教会の勝利の姿を、私たちは現に見ることができます。信仰をもって職場や家庭で勝利をしましょう。その小さな勝利が神の国の大きな勝利につながります。ダニエル一人の証が民族全体の証となり、友人三人も高官として用いられました。やがてイスラエル民族は帰還することになります。私の今日の小さな証、小さな勝利、小さな一歩が、民族全体をリバイバルさせるうねりとなることを信じて歩みましょう。

2014年6月8日日曜日

聖霊様と親密になりましょう

◼2014/6/8
◼ヨハン早稲田キリスト教会 主日礼拝
◼タイトル:聖霊様と親密になりましょう
◼聖書箇所:使徒言行録1:3−11
◼メッセンジャー:金圭東牧師

★メッセージ

聖霊降臨主日のメッセージです。
使徒1:8は未来形で書かれます。あなたがたの上に聖霊が降るとあなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなくユダヤとサマリアの全土でまた地の果てに至るまでわたしの証人となる。
ヨハネ13:34ー35 互いに愛し合いなさい、ヨハネによる福音書の真髄的なメッセージです。
最後の晩餐を終えてゲツセマネの祈りに行かれる前に、ヨハネ14〜16章の聖霊論を教えてくださいました。
イエス様が昇天してから120人の弟子たちが約10日間祈っていました。
すると聖霊が降臨し、祈っていた弟子たちに宿られ、突然あらゆる言葉で語り出し、120人が120万人を制覇するほどの勢いでした。ペトロは聖霊様に満たされて大胆にメッセージをしました。

聖霊様は聖霊の人格の実を結ばせてくださいます。ガラテヤ5:22ー23  徐々に聖霊様の性質が我々の人格になっていきます。
一テサロニケ5:16ー18 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、どんなことにも感謝しなさい。
二テモテ3:16 御言葉と聖霊の働きは不可分離です。

聖霊様は超自然的な働きをさせてくださいます。同僚、友人、知人、周囲の人々も地の果てに至るまでの伝道対象者です。伝道と弟子化訓練に必要な、財政的な問題、健康の問題、知識の問題、霊的な問題、あらゆることを解決し、驚くべき働きをできるようにしてくださるのが聖霊様です。万事を益としてくださいます。だからどんな苦難の中でもいつも喜びあふれて生きましょう。聖霊様は喜びの霊であり平和の霊です。
聖霊の内在だけで満足してはいけません。

2014年6月7日土曜日

盲人バルティマイの信仰告白

◼2014/6/7
◼ヨハン早稲田キリスト教会 土曜礼拝
◼聖書箇所:ルカ18:15−23
◼メッセンジャー:金ソンソプ宣教師

★メッセージ

本日のヨハンソウル教会の男子宣教会によるミュージカルは、マタイ、マルコ、ルカの三つの福音書に登場する盲人バルティマイに関するものです。彼は毎日、その日生きていくお金を求めて物乞いをしていました。盲人であることで家族を失い仕事を失い多くの苦労と問題を抱えて乞食になったのでしょう。現代のように障害者が優遇される時代とは異なり、障害があることは罪の結果であるとみなされ皆から迫害されました。体の問題だけでなく精神的に大きな痛みも負っていました。すでに治る望みもなく、ただ今日一日生きるお金が与えられることが全ての望みでした。
あるとき、ナザレのイエスが近くを通ると聞かされました。ナザレのイエスとは人々がイエス様をけなすときに使った表現でした。ナザレは田舎町で何ひとつ良いものが出ないと言われました。盲人バルティマイはそのナザレのイエスの話を聞いて「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫びました。ここに彼のイエス様に対する正しい信仰告白がありました。人々はナザレのイエス様と呼びましたが、彼はダビデの子イエスと告白しました。ダビデの名はイスラエル国家の象徴であり、ダビデの名はすべての人に頭に刻まれ、メシアがダビデの子として来られることは聖書で予言されていました。バルティマイはイエス様を救い主であると告白したのです。私たちの信仰告白とは、まさにただイエスキリストだけが唯一の罪からの救い主であると告白することです。

人は皆自分が何者であるかを知りたいと思っていますが、人は自分を知れば知るほど、自分が罪人であり愚かでどうしようもない存在であることを知り落胆します。それを受け入れることで気持ちが楽になることもありますが、それで救いには至りません。救いとは、自分や他人を知ることではなく、宇宙の真理を悟ることでもなく、ただイエスキリストを信じることにあります。
私たちにはイエス様に何か要求する権利はありません。イエス様は私たちに何も借りがないですし、私たちの親でも教師でもヘルパーでもありません。それでもイエス様はただ愛と恵みで私たちを憐み救って下さるお方です。
バルティマイが大声で叫んだときイエス様は聞こえなかったのでしょうか?いや、来る前からバルティマイの存在を知っていたはずです。イエス様は彼の信仰の本質を見ようとしておられたのです。あなたは犬だと言われて犬もテーブルから落ちるものを食べて生き延びますと答えた女もバルティマイもイエス様の前に完全にひれ伏す信仰の持ち主でした。

イエス様はバルティマイに何をして欲しいのかと問いかけました。私たちはイエス様に何をして欲しいと願っているのでしょうか?ヨハン教会の皆さん、目の前の利益にとらわれるのではなく、信仰を願う者になるようにしてください。

2014年6月5日木曜日

ダニエルの信仰

◼2014/6/5
◼ヨハン早稲田キリスト教会 BibleStudy
◼タイトル:ダニエルの信仰
◼聖書箇所:ダニエル1:8−21
◼メッセンジャー:金ソンソプ宣教師

★メッセージ
ユダヤ人が通常の民族と違うのは神様から選ばれたという意識であるといえます。
ダニエルがいたバビロンでは、イスラエルが完全に敗れて国が滅び捕虜となっている状態で絶望的な状況でありましたが、ダビデは全く信仰を失わず、主なる神様を求めました。国がどうなっても命がどうなっても最後まで信仰を守り切ることをダニエルは決心しました。信仰とは流れではなく決心するものです。ダニエルは主への信仰を明確に表明するとともに、自分の立場をわきまえ侍従長が不利にならないように知恵をもって行いました。
神様は信仰を持つ者に対して何にも勝る知恵を与えられます。17節にあるように、ダニエルと友人3人には知識と才能が与えられました。主が与えて下さる賜物を私たちはふさわしいことに利用しなければなりません。
私がダニエルのような人になりましょう。知恵が与えられるように祈りましょう。知識とは違い知恵は感覚的なものです。何が正しいか間違っているかわからないことも多くあります。
この世を本当に治めるのは、天皇でも政治家でも経済界でもなく、主なる神様です。

人間的な弱点が見当たらないダニエル

◼2014/6/5
◼ヨハン早稲田キリスト教会 木曜礼拝
◼聖書箇所:ダニエル1:1−21

★メッセージ

ヨハン教会に新たに一つの聖殿が与えられました。現在のヨハン吉祥寺キリストが移る予定です。

ダニエル書1章から6章はダニエルと友人を通して信仰的な勝利をする場面です。7章から12章までは幻と知恵を授けてくださいます。その後に起こることをダニエルを通して予言されます。旧約の黙示録がダニエル書といえます。それを一部補完するのがエゼキエル書です。ダニエルは人間としてほぼ全く問題がなくパーフェクトであったといえます。聖書の登場人物であるアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセらは皆どこか人間的に至らない箇所があったものです。しかし、ダニエルには人間的な弱点が見当たりません。
第1章ではお酒の問題が出てきます。新約ではお祝いのときにぶどう酒を飲んだりしましたが、旧約ではアルコール飲料は断じて禁じられるものでした。ダニエルは侍従長に自分たちは主なる神様の信仰ゆえにぶどう酒を飲まないとはっきりと言いました。
ダニエル以上に知恵にあふれた人物はいませんでした。王様の夢を説いたりしました。その力を与えられたのは聖霊様です。その同じ聖霊様は現代の我々の生活している現場にも宿っておられます。この日本にも働いてくださり、世界宣教の火種として下さい。

2014年6月4日水曜日

今日一日誰かを感動させたでしょうか

◼2014/6/4
◼ヨハン早稲田キリスト教会 モーニングチャペル
◼聖書箇所:ローマ16:17−27

★メッセージ

ローマによる福音書は新約聖書の真髄ともいえる箇所です。今日の箇所では偽預言者に対する警告をしています。サタンは私たちに誤ったことを教え行動させます。そして、私たちが間違って罪を犯しても責任はとってくれません。むしろ苦しむ姿を見て大笑いしているかもしれません。
もし周囲に甘い言葉や惑わすようなことを言う人が現れたなら、その人が本当に私たちの助けとなってきた人なのか思い起こして下さい。苦しんでいるとき助言してくれた人でしょうか?よく教会や兄弟姉妹に仕えてきた人でしょうか?そうでなく新しく現れたばかりの人であるならば、注意しましょう。口先だけでいろいろ言って何もしないかもしれません。
今日一日誰かを感動させたでしょうか、また感動を受けたでしょうか?パウロは常に同労者の名前をあげ感謝しました。日々感謝の念をもって歩みましょう。

2014年6月2日月曜日

ローマ15章-異邦人宣教について

◼2014/6/2
◼ヨハン教会連合 モーニングチャペル
◼聖書箇所:ローマ15:20−23
◼メッセンジャー:金圭東牧師

★メッセージ

聖霊の力で勝利することが今年の目標です。聖霊様は神秘的な働きをされることもありますが、通常の生活のどこにおいても働いておられます。
9、10、11章は個人伝道に関して、特に11章ではイスラエル人だけでなく異邦人も救われるが、同族の救いのための切なさも訴えています。
主は異邦人伝道に力を入れられますが、ある日突然その道が閉ざされるかもしれません。そのときはイスラエルの救いをもっと行われるでしょう。
12章は教会論です。教会が何をすべきか教えています。13章は国家観です。教会は国家と対立してはいけません。税金を納めるのを拒否したりしてはいけません。これはキリストの愛のゆえに行うものです。14章は再び教会論です。当時は食べ物がなく食べ物が非常に貴重であったために食物のことで問題になりました。食べながらあちこちを歩き回ることは良くないことでした。持っている者が貧しい者に分け与えないことが特にコリント教会で問題になっていました。現代でも子供の食事のしつけがなっていないことが見受けられますが、聖書では基本的な振る舞いを教えるように諭されています。
15章は、異邦人宣教についてです。福音が伝えられた確かな証拠は教会が建てられたことです。小アジアのトルコから東に向かっていくことをパウロは考えました。広大なアジア大陸があり多くの人々が住んでいました。しかし、主は幻によりパウロを西のほうへ導かれました。
幻はあるものですが、あまり過信しないで下さい。幻を見たといっても決断がなく生活も何も変わらない人は本当に主に出会ったといえるでしょうか。
ヨハン教会では、全部で50の教会が建てられました。9つの地域毎に中心となる教会を立て、弱い教会を助けるようにしました。
パウロはローマに行こうとしましたが、22節にあるように何度もそれを妨げられました。最後には、囚人として、費用も払うことなく食事も提供され船に乗ってローマに向かいました。
人間は人々が成功したと褒めてくれないと成功と感じられないことがあります。しかし、どんなことでも喜びましょう。
宣教師が集まった会合では世界の地域別に集まり宣教の働きの話し合いをしました。その中で特にヨハン教会の働きが取り立てられました。アジアのあちこちに来てほしいという要請がありました。世界の宣教の突破口を開いてほしいという考えがあるようです。
30節からはエルサレムの訪問についてです。エルサレムではパウロは歓迎されずいつも苦しめられました。しかし、エルサレムはイスラエルの首都であり宣教のルーツとなりました。現代でも無国籍を主張する人が大きく用いられることはありません。自国を愛しルーツを意識しましょう。